昨今のコロナ禍の中で、これまでとは異なるメカニズムによる新型コロナウイルスワクチンの登場により、ワクチンという言葉を耳にしない日はないようになりました。実は、ワクチンと糖には意外な関係が潜んでいるのです。今回はワクチンと糖とを切り口にして見ていこうと思います。
ワクチン効果には糖鎖が重要となる??
ワクチンを接種すると、主に抗体が形成されることで獲得免疫が形成されるというのがそのメカニズムになります。特に、抗体の基になるタンパク質の一種である免疫グロブリンIgGとその免疫グロブリンのFc部分に対する受容体であるFc受容体とが結合することにより、免疫応答活性化や抑制のシグナルが免疫系細胞に伝わっていきます。ちなみに、筆者も医療従事者枠で数ヶ月前に新型コロナウイルスワクチン2回接種を終えました。その後、抗体ができているか、またそれがどのくらい保持されるかに関する追跡研究に協力していますが、接種後すぐにIgG抗体がかなりの量できていて、現時点ではそれが維持されているようです。
話を戻すと、免疫グロブリンの中で特にFc部分が重要な部分ということです。このFc部分にはアスパラギン酸結合型糖鎖(N-結合型糖鎖)が存在し、この構造が変化することで、結果として結合する相手方のFc受容体の種類が変わるため、免疫応答が変わってきます。これまでの研究によると、特にインフルエンザワクチンの効果発現の際に、Fc部分にある糖鎖の構造が重要という報告がなされています。被験者にワクチン投与後、糖鎖のうち、シアル酸含有糖鎖(シアロ糖鎖)を持つIgGの有意な増加が確認され、かつ、このシアロ糖鎖を持ったIgGの増加傾向が高い被験者ほど、抗ウイルス活性の高い抗体が増加する傾向が見られたということです。また、マウスレベルの実験ではあるものの、シアロ糖鎖を削った場合には効果が低下したということもわかりました。つまり、IgG抗体のFc部分のシアロ糖鎖が、ワクチンの効果発揮に極めて重要な役割をもつことがわかり、この部分に着目すれば、より効果のあるワクチンの開発にもつながるということで、今後の研究が期待されます。
ワクチン接種後に重症化する人とそうでない人の違いにも糖が関係??
抗体はもちろんウイルスをやっつけることができるものですが、実は必ずしもそうではありません。逆に抗体の種類によって重症化につながってしまうこともあります。この「ウイルスに対する抗体によって重症化する」という状態は、動物ウイルス学者の間では有名であり、「抗体依存性感染増強(AED)」と呼ばれています。つまり、抗体には良い抗体(中和抗体)もあれば、悪い抗体もあるのです。
一般的には、コロナウイルスの表面にあるスパイクタンパク質に中和抗体が結合することで、このスパイクタンパク質と我々の細胞表面にある受容体との結合を妨げることができます。すると、ウイルスは細胞表面にくっつくことができず、その後細胞内に入ってくることがないため、結果として感染が抑制できるというのが感染抑制や重症化防止のメカニズムになります。ただ、これまでの研究から、スパイクタンパク質に結合することで、逆にその構造を変化させて感染しやすくするような抗体も見つかってきています。
前述したように、抗体中には糖鎖が存在し、これがタンパク質の働きに影響し、結果としてワクチンの効果の違いにつながります。糖鎖修飾の1つに「フコシル化」というものがありますが、今回の新型コロナウイルス感染後に軽症で済んだ人と重症化した人との違いを調べてみると、このフコシル化がついていない抗体を持っている人で重症化する例が多い一方、フコシル化の程度が早期から高い人は軽症で止まった人が多かったということです。さらに、フコシル化が高い人ほど、炎症の度合いは低い(炎症の指標であるIL-6やCRPなどの量が少ない)ということもわかりました。もちろん、これはあくまで統計学的研究なので、まだはっきりとしたことはわかっていないのですが、ワクチンを打って抗体さえできればいい訳ではなく、そのできる抗体に含まれている糖鎖の状態が影響する可能性もある訳です。
糖自体をワクチンに利用しようという研究も!!
獲得免疫のもう1つの肝となるのがT細胞です。T細胞はこれまで、侵入してきたタンパク質(正確にはタンパク質が分解してできるペプチド)だけを認識することで、免疫応答に関与すると考えられていましたが、近年の研究で、実は糖質も同時に認識することがわかりました。現在、この能力を活かして、ペプチドと糖質の両方を認識させることでより効果的なワクチンを作ろうという研究が始まっています。このワクチンは「複合糖質ワクチン」と呼ばれ、より効果的なワクチンを作れるようになるかもしれません。
いずれにしろ、糖がワクチンにも関わっていることは興味深いですよね。こういった点からも行き過ぎた糖質制限は避けた方がいいと理解できるかもしれません。ぜひこういった知見も賢い糖ライフの一助としてください。
【ライター紹介】
宮川 隆 (みやがわ りゅう)
名古屋市立大学薬学部卒業、南カリフォルニア大学(USC)国際薬学臨床研修修了、東京大学大学院理学系研究科修了
薬剤師、理学博士のほか10種類くらいの資格を持つ。
現在は、東京大学医学部附属病院 放射線科 核医学部門 助教&「放射性医薬品の管理責任者」、環境省「原子力災害影響調査等事業」メンバー、日本アイソトープ協会 放射線取扱主任者講習・作業環境測定士講習講師、リクルートメディカルキャリアコラム執筆など本業の合間に、わかりやすくサイエンスを伝える活動に力をいれており、近年は全日本情報学習振興協会にて講師としてYouTube動画の配信も行っている。
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