早いものでコロナ禍が始まって数年経ちました。思えば古来より、人類は数多くの感染症と闘ってきており、昔の人の主な死因は感染症でした。そのような状況の中、人類を多くの感染症の恐怖から救ってきたのが抗生物質で、実は糖とも密接な関係があります。今回は糖と抗生物質との関連を見ていきましょう。
抗生物質の歴史とは??
抗生物質の概念の元になっている「ある生物が生存のために他の生物を殺す関係性(これを抗生と呼ぶ)」に関しては、古代エジプトなどの古代において、すでに知られていました。そのころから特定のカビや植物などを感染症の治療に利用していたことが、考古学的な研究から明らかになっています。ただ、そのころはまだ科学的エビデンスがはっきりとしていませんでした。その後、19世紀になるとフランスの化学者・細菌学者のルイ・パスツール(Louis Pasteur)や著名な科学者たちによって多くの実験がされ、徐々にエビデンスが蓄積されていきました。20世紀に入り、ドイツの細菌学者・生化学者のパウル・エールリヒ(Paul Ehrlich)による歴史的な梅毒治療薬のひとつであるサルバルサンの開発、ドイツの病理学者で細菌学者の医師ゲルハルト・ドーマク(Gerhard Domagk)による色素のプロントジルの有用性の確認、そして、イギリス・スコットランドの細菌学者アレクサンダー・フレミング(Alexander Fleming)による青カビからのペニシリンの発見と、まさに抗生物質に関する歴史的偉業が次々と起こり、その後さまざまな抗生物質が発見・合成されていき、感染症への武器を人類は手に入れていきました。
抗生物質の種類も多岐に渡る!!
抗生物質を化学構造から分類すると、β—ラクタム系、アミノグリコシド系、マクロライド系、テトラサイクリン系、ペプチド系、核酸系、ポリエン系などに分類されます。また、β—ラクタム系に関しては、ペニシリン系、セフェム系、モノバクタム系に分けられます。また、抗生物質のうち、これらは抗菌薬と呼ばれるもので、細菌に効果があります。抗生物質には他にも、カビに効く抗真菌薬、がんに効果がある抗腫瘍薬、寄生虫に効果がある抗寄生虫薬もあり、さらには抗ウイルス薬としても使える抗生物質も見つかっています。いずれにしろ、抗生物質は感染症の救世主と言えます。
抗生物質の中には糖が関係しているものが??
前述したもののうち、アミノグリコシド系抗菌薬は、別名アミノ配糖体系抗菌薬とも呼ばれ、糖構造を持ったものになります。この中で有名なものとして、ストレプトマイシンやゲンタマイシンがあります。糖と密接に関わっているこれらの抗生剤に関しては決して侮れない重要なものとなります。ストレプトマイシンは最初に発見されたアミノグリコシド系抗菌薬であり、わが国において長年、死亡率上位に君臨していた感染症である結核の特効薬なのです。ストレプトマイシンの登場により、結核は死に至る病どころか、もはやわが国でほぼ患者さんは見当たらないような珍しい感染症になっています。また、ゲンタマイシンは化膿止めの塗り薬などで幅広く使われており、けがや処置をした後の傷口の感染防止の万能薬です。使える抗菌薬が少なく、厄介な細菌として緑膿菌がありますが、これにもゲンタマイシンは有効です。しかしながら、有効性が高い反面、アミノグリコシド系抗菌薬は耳に対しての毒性を持ち、聴覚障害が起こることがあるので、しっかりとした管理が必要であるということも把握しておきたい点です。
糖自体が次世代の安全な抗生物質となる??
砂糖は今でこそ気軽に誰でも手に入れることができるものですが、以前は高価なものでした。そのため、薬のように珍重されてきたという一面もあります。現在でも、床ずれなどの外用医薬品として使用されているものの中に、消毒成分であるポビドンヨードとともに砂糖が使用されているものがあり、広く使われています。その歴史を振り返ってみると、かなり古く、最古の民間療法として使われていました。古代のイタリアにおいても、ハチミツなどとともに用いられていたとも言われています。このように、砂糖には抗菌効果が認められています。少し話は脱線しますが、同じように抗菌効果を持つ食品成分に塩があります。実は塩も古来より抗菌の役割でも長く使われてきた成分になります。その抗菌効果から、塩も砂糖も昔から食品の保存にも使われてきました。しかし、人体に使用する抗菌薬として使う場合には砂糖の方が優れている面があります。例えば、けがをした時にその傷口に汗がつき、しみて飛び跳ねるくらい痛くてたまらないという経験をした方は多いと思います。汗はいわば塩水ですが、塩は傷口にしみてとても痛いのです。いくら抗菌効果があったとしても、簡単には使えない代物です。一方、砂糖はしみることがないので使いやすいです。
砂糖が抗菌薬として最も優れている点とは??
現在においても、多くの研究機関で、砂糖を抗菌薬に活かそうという研究がなされています。科学的エビデンスをきちんと確保した上で抗菌剤として正式に使用しようとするといろいろとクリアしなければいけない部分があります。そのうちの一つが、適切な濃度がいくつなのかという問題です。これに関しては、昨今のコロナ禍でおそらく一番売れている消毒薬であろう消毒用エタノールを例として考えてみるとわかりやすいです。エタノールは約70%濃度あたりで一番消毒効果が高くなります。つまり、薄すぎても濃すぎてもダメな訳です。これは多くの化学物質に当てはまる傾向で、砂糖にもおそらく最適な濃度が存在するはずで、この同定が期待されるところです。そして砂糖が抗菌薬として最も優れている点は、耐性菌の問題がないというところです。現在は前述したように多くの抗菌薬がありますが、その大部分において耐性菌が発生してしまうと効果がなくなるという問題が付いてまわります。つまり、どんなに優れた新しい抗菌薬を作り出せても、耐性菌ができてしまえばその苦労が無意味になる可能性があります。しかし、砂糖ではそれがありません。今後の研究に期待ですね。砂糖の持つ新たな可能性についてぜひ覚えておいてください。
【ライター紹介】
宮川 隆 (みやがわ りゅう)
名古屋市立大学薬学部卒業、南カリフォルニア大学(USC)国際薬学臨床研修修了、東京大学大学院理学系研究科修了
薬剤師、理学博士のほか10種類くらいの資格を持つ。
現在は、東京大学医学部附属病院 放射線科 核医学部門 助教&「放射性医薬品の管理責任者」、環境省「原子力災害影響調査等事業」メンバー、日本アイソトープ協会 放射線取扱主任者講習・作業環境測定士講習講師、リクルートメディカルキャリアコラム執筆など本業の合間に、わかりやすくサイエンスを伝える活動に力をいれており、近年は全日本情報学習振興協会にて講師としてYouTube動画の配信も行っている。
【全日本情報学習振興協会YouTube】
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