飴の歴史。大分の宇佐神宮名物、宇佐飴の由来って?


                              出典:宇佐市観光協会

みなさんは宇佐飴と聞いてすぐにピンときたでしょうか?
大分県のご当地飴である宇佐飴の名前を初めて聞いたという人もいるかと思いますが、「宇佐」の名前を冠したこの飴にはとても深い歴史があります。
今回はそんな奥の深い宇佐飴や宇佐神宮の歴史などを詳しく紹介していきます。

 

宇佐飴って何?

宇佐飴とは、宇佐神宮のお土産として人気のある飴です。この宇佐神宮の門前町でしか売られていない大変珍しい飴です。
一見白い塊なのですがポンと叩くとすぐに割れ、割れた飴のかけらはグニャっと柔らかいもののべたつかず、キャンディというよりはキャラメルやガムに近い食感です。

味は甘さ控えめなので食べ飽きせず、一袋ペロッと食べてしまえそうなほどです。
材料は麦芽ともち米しか使っていないので甘さ控えめながらも食べ飽きしないのが分かる気がします。

宇佐飴がいつ頃から門前町で売られるようになったのかは詳しく分かっていませんが、宇佐飴の名前が初めて書物の中に登場するのは元治元年(1864年)に描かれたと言われる絵日記「蓑虫山人絵日記」の中においてです。

この絵日記の中での宇佐飴の描写は竹の皮に包まれた長方形状のものだったそうで、今で言う板飴のようなものだと考えられています。
そして、宇佐飴と呼ばれる以前は御乳飴と呼ばれていました。そしてそのルーツとなる御乳飴が初めて作られたのは古代だというのです。ルーツを探るにはまず宇佐神宮について調べる必要があります。

次はこの宇佐神宮の成り立ちや祀られている神様を紹介します。※1※2※3

 

宇佐神宮の歴史


宇佐神宮の創建は大変古く、西暦725年に神社が建立されたのが始まりといいます。
全部で三つの御殿があり、一つ目の御殿に祀られているのが第15代天皇である応神天皇です。
応神天皇は亡くなって御神霊となられた後に人々の祈りにより西暦571年、宇佐の地へ降臨されたとあります。※4

その際に応神天皇より「我は譽田天皇廣幡八幡麻呂、護国霊験の大菩薩」と託宣があったとあります。ここから宇佐神宮の歴史は始まりました。
この託宣の中で天皇は自らを譽田天皇廣幡八幡麻呂と名乗られたことから、八幡大神として祀られました。このことから宇佐神宮は宇佐八幡宮とも呼ばれます。

八幡宮や八幡神社の名前が付いている神社はみなさんの近所にも必ずといっていいほどあると思いますが、なんとこの宇佐神宮は全国全ての八幡宮や八幡神社の総本社なのです。
全国には約11万社の神社があるそうですが、その中で八幡神社の数は約4万600社だそうです。いかにすごいシェアを占めている神社かが分かります。※4

ちなみに二つ目の御殿には応神天皇よりも古い土着の神様である比売大神、
三つ目の御殿には応神天皇の母である神功皇后がそれぞれ祀られています。

 

日本三代八幡宮紹介

日本に約4万600社ある八幡神社ですが、みなさん日本三大八幡宮はどこかご存知ですか?
総本社であるここで紹介してきた宇佐神宮と京都の石清水八幡宮。それに神奈川県の鎌倉にある鶴岡八幡宮です。
ここでは石清水八幡宮と鶴岡八幡宮を紹介します。

・石清水八幡宮
京都府八幡市にあるのが「やわたのはちまんさん」の呼び名で親しまれる岩清水八幡宮です。

平安時代初期の貞観元年(859年)に、奈良の行教和尚という人が宇佐神宮からこの地に八幡様を祀ったのが始まりと言われています。※5

・鶴岡八幡宮

日本三大八幡宮最後の一つが、神奈川県鎌倉市にある鶴岡八幡宮です。

鶴岡八幡宮は河内源氏の棟梁である源頼義が平安時代中期の康平6年(1063年)に、石清水八幡宮からこの地に八幡様を祀ったのが始まりとされています。

 

宇佐飴の作り方

宇佐神宮の門前町で売られている宇佐飴がどうやって作られているのか紹介します。

まずは麦芽ともち米だけで作られた水飴を大鍋で温めます。温めた水飴を少し冷ましたら今度は色が白くなるまで練り上げていきます。そして練り上げた水飴を成型したら完成です。素朴な製法で飴の原型とも言うべき味わいが特徴です。

昔は約20店舗で手作りされていた宇佐飴ですが、徐々に店の数が減り現在製造を行っているのは3店だけといいます。
しかし最近では伝統ある宇佐飴を残すため、地域の小学校では宇佐飴を手作り体験させるなど地域文化を絶やさない取り組みを行っているそうです。

 

宇佐飴のルーツと優しさを知る

宇佐飴の元となった御乳飴が初めて作られたのは古代にまで遡るとのことですが、御乳飴の生みの親は応神天皇の母であり、八幡様とともに祀られている神功皇后と言われています。
この神功皇后は先帝の意思を継いで、お腹に応神天皇を宿しながらも他国を討伐し、これに勝利しました。御乳飴とは神功皇后が応神天皇を育てる際に母乳の代わりに与えた飴だったそうです。
戦に明け暮れる神功皇后は乳を与えることができず、代わりに御乳飴を与えられて育てられた応神天皇も武でもって名を残しました。

母子ともに武を示した八幡様は武家の信仰を集めましたが、この親子にとっての御乳飴はかまってあげられない我が子に対する一粒の愛情の塊であったのかも知れません。※6
このように深い歴史をもつ宇佐飴。宇佐神宮に参拝する際は食べてみてはいかがでしょうか。




 

参照URL
※1 八幡総本宮 宇佐神宮 表参道商店街 宇佐飴
http://www.usajinguu.com/omotesando/
※2 宇佐飴の歴史と宇佐飴作りの試み
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajscs/25/0/25_173/_article/-char/ja/
※3 八幡総本宮 宇佐神宮 由緒
http://www.usajinguu.com/lineage/
※4 石清水八幡宮
http://www.iwashimizu.or.jp/top.php
※5 鶴岡八幡宮
https://www.hachimangu.or.jp/
※6 宇佐飴(梅田家)/宇佐神宮
http://www.tabirai.net/sightseeing/column/0005184.aspx