糖とスイーツ

Category

パティシエの仕事を「糖」が支える――2 ジェラートは「糖」で決まる。

ⓒMAISON GIVRÉE

ジェラート作りの秘密が「糖」にあることはご存じでしょうか?
よく熟したフルーツや新鮮なミルクを選ぶだけでなく、実は「糖」の使い方ひとつで、ジェラートのおいしさは変わります。
ジェラートに精通する数少ないパティシエ、中央林間のパティスリー「メゾン ジブレー」オーナーシェフ江森宏之さんに話を聞きました。

ジェラートの3大要素は「水」「糖」「空気」。

――ジェラート作りにおける「糖」の役割を教えてください。
 

「糖」の役目は甘味と考えがちですが、それだけではありません。「糖」がジェラート全体の印象を決めると言って過言ではないでしょう。

まず基礎知識からお話しすると、ジェラートやアイスクリームの3大必須要素は「水」「糖」「空気」です。 1番目の水、すなわち水分ですね。これは牛乳、果汁、フルーツのピューレなど、食材に含まれる水分で、ジェラート生地の主成分となります。味と香りのベースでもあります。
2番目の糖は、甘味であると同時に、固まり具合や硬さ、軟らかさなどのテクスチャー、味わいの際立ち、後味のキレや余韻などを左右します。
3番目の空気。買い揃える材料ではありませんし、目には見えませんが、水と糖があっても空気がなければジェラートにはなりません。どれくらい含ませるかで、食感が変わり、口溶けも変わり、味の感じ方も変わってくるという重要な素材です。

photograph by Kiyu Kobayashi
「メゾン ジブレ―」の江森宏之シェフ。全国各地の果物や乳製品の生産者とネットワークを持ち、良質な素材を鮮度の良い状態でジェラートに仕立てる。

数種類の「糖」を組み合わせて使う。

――ジェラートを作る時、どのように糖を使うのでしょうか?
 

僕の場合、少なくとも12種類の糖を使い分けています。
グラニュー糖、上白糖、黒糖、きび糖、ハチミツ、転化糖、水あめ、粉末水あめ、フルーツシュガー(果糖)、ブドウ糖、トレハロース、イヌリン*などです。
なぜ、これだけの種類を使い分けるのかと言えば、すべての糖にそれぞれ特徴があり、効果が違うからなんですね。

たとえば、果糖にはグラニュー糖の約1.5倍の甘さがあると言われます。しかも、冷やすと甘味が強く発現される性質を持つ。つまり、少ない量でも甘く感じさせることができるわけです。加えて素材の風味を強調する働きもあります。
甘さの質にも違いがあって、果糖はコクと温かみのある甘さ、トレハロースはすっきり冷たい甘さでスパッとキレがいい。
また、糖の凝固点降下と呼ばれる作用も見逃せません。水に糖を加えると、凍る温度は0℃よりも低くなります。アイスクリームはその作用を利用していると言えますが、糖による凝固力の違いを利用して硬さを調節することができます。果糖は固まらせる力が弱いため、軟らかく仕上げられる。逆にしっかり固まらせようと思ったら、果糖では弱く、グラニュー糖を使ったほうがいい。
こういった各々の性質を把握した上で、数種類の糖を組み合わせて使うのが、アイスクリーム作りにおける糖使いの極意です。

神奈川県産の柑橘「湘南ゴールド」など地域性の高い素材を積極的に使うほか、最近はトウモロコシや枝豆など野菜のジェラート作りに挑んでいる。

――具体的な例を教えてください。
 

たとえば、マンゴーのジェラートを作る場合、果糖を使うと、南国フルーツ特有の濃密な甘さにコクのある甘さがプラスされて、ただただ甘くなってしまう。そこで、トレハロースのようなキレのある糖を組み合わせることで、味わいの輪郭が立ってきます。
レモンのジェラートを作るのであれば、レモンは酸が強いため、果糖を使うほうが酸をカバーできます。とはいえ、果糖のみでは軟らか過ぎるので、グラニュー糖を併用して骨格を作ります。
オレンジのジェラートは、グラニュー糖で甘さとテクスチャーの骨格を作り、果糖で甘味の底上げをし、トレハロースでキレを出し、水あめでねっとり感を出す、といった具合です。
このように、ジェラートは、糖によって、甘さの質、テクスチャー、風味の立ち方を調節しているのです。

――このような糖使いはジェラートならではなのでしょうか?
 

通常のパティスリーの仕事では、ここまでたくさんの種類の糖を使い分けないでしょう。グラニュー糖と粉糖しか使わないパティシエもいますし、そこにプラスしてハチミツやメープルシュガーなどを風味として使ったり、甘味の調整と状態維持のためにトレハロースを使ったりするのが一般的かと思います。

僕が糖の効果に目覚めたのは、世界的なジェラートマシンのメーカー、カルピジャーニの講習を受けたのがきっかけでした。糖の性質を知って使い分ければ、甘さ、テクスチャー、素材の持ち味、色付きなど、思いのままにコントロールできることを知り、頭のフックが外れる思いでした。その知識はジェラートのみならず、ケーキや焼き菓子、コンフィチュールなど、様々なお菓子でも活かされます。糖の性質の使い分けに踏み込んだことはパティシエとしてのターニングポイントになりました。

ⓒMAISON GIVRÉE
パティシエの技とジェラート作りの技を組み合わせた華やかなケーキ仕立ては、江森シェフならでは。「あまりん苺のフルール ド ロッソ」は、ココナッツの生地、ココナッツのアイスクリーム、あまりん苺とパッションフルーツのシャーベットで構成。

ⓒMAISON GIVRÉE
「サマーリース マンゴーパッション」。濃密な甘さを持つマンゴーには果糖を使うと同時に、酸味のあるパッションフルーツを合わせることでも味にキレを出す。

オランジェットを食べた時に、生のオレンジよりもオレンジらしさを感じたことはありませんか? それは糖の力によるものです。糖が、素材の持つ風味をぐっと前面に引き出すんですね。
以前、コロンビアを拠点に活躍するカカオハンターの小方真弓さんとカカオのジェラートの試作に取り組んでいた時のことでした。カカオ豆のペーストと牛乳と砂糖を合わせてジェラートマシンにかけるのですが、最初、なかなかカカオの風味が感じられなかった。糖の量を少しずつ増やしていき、ある一線を超えた時、カカオの風味がバンと立ち上ったのです。「あっ、カカオの香りが開いた!」と小方さんが声を上げました。糖によって、カカオ特有のフローラルな香りが劇的に現れた、あの体験は忘れられません。

素材らしさは、そのままよりも、糖を加えることで引き出されると知り、最近はあえてコンフィ(砂糖煮)にしたフルーツと生のフルーツを合わせてジャムを作ったりしています。
糖の効用を知れば知るほど、お菓子作りの可能性が無限に広がっていくのを感じます。

*イヌリン
多糖類の一群。炭水化物の1種、果糖の重合体(フルクタン)の1種で、栄養成分表示では糖質ではなく食物繊維として扱われる。

 

江森宏之(えもり・ひろゆき)
(写真左から3人目)

フランス修業後、たまプラーザ「ベルグの4月」や表参道のアイスクリームケーキ専門店「グラッシェル」のシェフを経て、2017年に「メゾン ジブレー」をオープン。2015年にはミラノで開催されたアイスクリームとチョコレートの世界大会で日本代表をチームキャプテンとして優勝へ導く。世界のアイスクリームリーディングカンパニー、カルピジャーニ社のデモンストレーターも務めている。

メゾン ジブレー
神奈川県大和市中央林間4-27-18
☎046-283-0296
10:00~19:00 月曜休、火曜不定休
https://www.givree.tokyo/




<料理通信>
【作り手・生産者】=【使い手・料理人】=【食べ手・消費者】を相互に繋ぎ、
そこに生まれる新たな食シーンや消費ステージを提示。
食のトレンドセッター・メディアとしての独自の目線や先んじた兆しのキャッチ力が、
食のオピニオンリーダーから支持されている。