糖とスイーツ

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パティシエの仕事を「糖」が支える――5 フルーツをおいしくするのは「糖」です。

photographs by Masahiro Goda,Hide Urabe,Shinya Morimoto

フルーツはフレッシュさが命。と、日本人は思いがちですが、フランス菓子の世界では、生以上に、加熱したフルーツのおいしさを大切にします。シロップで煮るコンポート、シロップに何日間も漬けて作るコンフィ、それらを焼き込んだタルト……。コンフィチュール(ジャム)もフルーツを煮て作るスイーツのひとつの形と言えるでしょう。
フルーツをスイーツにする時に鍵を握るのは、他でもありません、「糖」の力です。

「糖」をいかに浸透させるか?

果物の実りは一気にやってきます。庭のサクランボの樹にたわわに実ったチェリーを「さぁ、どうしよう?」、山のようなリンゴを「どうやって食べ切ろう?」、というところから生まれた調理法が、コンポート、コンフィ、コンフィチュール。いわば保存食ですが、腕の良い職人が作ると、生で食べるよりよほどチェリーらしさ、リンゴらしさが醸し出されてくるから不思議です。

そうさせるのは、糖の力。糖が果物の中に浸透することによって、味わいの輪郭を鮮やかに浮かび上がらせます。糖が果物自体の味を底上げしてくれる、と言えばイメージしやすいでしょうか。
「コンポート、コンフィチュール、コンフィの魅力は、フルーツと糖が一体となって生まれる味わいにあります」と語るのは、埼玉県さいたま市にある「パティスリー ロタンティック」の関本祐二シェフ。

「ロタンティック」のあんずのコンポート。シロップを含んだ身がふっくら。

こちらはイチゴのコンフィチュール。思わずスプーンを突っ込みたくなります。

オレンジのコンフィの艶やかさ! 糖が芯まで浸透していればこその透明感。

関本シェフは、パティシエの仕事の中でも、コンポート、コンフィチュール、コンフィ作りを大切にしています。 「仕上がりの糖度はそれぞれ異なりますが、大切なのはいかに果物の中に糖を浸透させ、果物と糖を一体化させるか。そして、糖を浸透させるための時間です」と極意を語ります。

コンポートの火入れは、糖度20度のシロップの中で、果物の形や色が残るように、できるだけいじらず、ごく弱火でじっくりと。1個1個の個体差や火の入り具合の違いをこまめにチェックして、移動させながら全体にまんべんなく火を入れます。煮上がったら、必ず冷蔵庫で一晩休ませることで、フルーツの芯まで糖を浸透させます。

photograph by Tsunenori Yamashita
「トレカルム」では、ショートケーキのスポンジにキルシュ入りシロップをたっぷり打ち込む。

コンポートは、糖度20度のシロップの中で静かに弱火で煮ます。

また、コンフィチュールに求めるのは、フルーツ本来の鮮やかな色と力強い風味。関本シェフの場合、冷凍フルーツを使って、煮立てたシロップに凍ったまま投入。絶えず混ぜながら、強火で一気に火を入れて、果物と糖をなじませて凝縮させます。仕上がりの糖度は60度。

コンフィチュールは強火で一気に火入れして、フレッシュ感を残しつつ、糖と果物を一体化。

そして、コンフィ。これはお菓子作りの中でもかなり特殊です。フルーツをシロップに10日間から2週間ほど浸して糖を浸透させるのですが、シロップを毎日取り出しては砂糖を追加するのです。日に日にシロップの糖度を上げていくことで、果物にたくさんの糖が浸み込むようにします。
「一気に糖度の高いシロップに漬けても浸透しないんですね。徐々に糖度を上げることで、フルーツ全体にじわじわと糖が行き渡り、身が硬く締まることなく軟らかなコンフィに仕上がります」
コンフィの仕上がり糖度は67度とかなり高め。でも、そのおかげで濃く深い味わいが生まれ、長期間日持ちのするお菓子になります。
毎日の手間を思うとちょっと気が遠くなりますが、「作業自体は単純。漬けておくことで時間が味を作り出してくれます」と関本シェフ。

何日間もシロップに浸すことで糖を浸透させるのがコンフィの作り方。

日本のフルーツのみずみずしさを生かす技。

これらの製法は、酸味が強くて身質が締まったヨーロッパの果物向きです。元々そういう果物に寄り添って生まれた製法だから当然と言えば当然でしょうか。日本でリンゴのお菓子を作る時、身が硬くて酸味の強い「紅玉」をわざわざ探し求めるパティシエが多いのもうなずけますね。
日本の果物は概して身質が軟らかく、水分がたっぷりで、甘味が強くて酸味は弱い。生のまま食べるのがおいしいように品種改良されたり育てられているため、本来、コンポートやコンフィ向きではないのかもしれません。
と思っていたら、そのみずみずしさを生かすようなコンフィやコンポートが登場しているあたりは、さすがパティシエの発想と技量のなせる業でしょう。

東京・白金高輪「パッション・ドゥ・ローズ」の「タルト ミコンフィ アグリウム」は、ミコンフィにした3種の柑橘(オレンジ、レモン、ピンクグレープフルーツ)のタルト。「ミコンフィmi-confit」のmiとは「半分の、半ばの」といった意味で、シロップの浸透度合いを半分くらいに抑えて、フレッシュ感を残すように作ります。通常のコンフィが10日間から2週間かけるところ、半分の6日間で仕上げるため、糖度も低く、ジューシーさが保たれています。田中貴士シェフいわく「“レア”に仕上げるコンフィです」。

「パッション・ドゥ・ローズ」の「タルト ミコンフィ アグリウム」。「柑橘の皮のおいしさを生かしたくて」と田中シェフ。

フランス菓子の世界で最もポピュラーなタルトと言えば洋梨のタルト、という説に反対するパティシエはいないでしょう。アーモンドクリームを詰めたタルト生地に洋梨のコンポートをのせて焼き上げるクラシックアイテムです。
滋賀県守山市の「ドゥブルベ・ボレロ」の「ラ・フランスのタルト」は、日本の洋梨のみずみずしいおいしさを引き出した類稀れな逸品。生産者から届いた洋梨を10~15℃で2~3週間かけて追熟させ、洋梨の味わいが「頂点」に達したら、皮をむいた表面にオードヴィを塗り、砂糖を薄くふりかけて一晩置きます。それをそのままタルトに仕込み、オーブンで1時間半焼成。「蒸し焼きの感覚です。窯の中でコンポートにするイメージ」と、渡辺雄二シェフは言います。

完熟した頂点の味わいを保ちつつ焼き上げる「ドゥブルベ・ボレロ」の「ラ・フランスのタルト」。洋梨を堪能するためにあるようなお菓子。

コンポート、コンフィ、コンフィチュールの材料は、フルーツと砂糖と水のみ。それだけに「糖」の知識と扱い方が試される、パティシエの仕事の基本中の基本と言えます。と同時に、パティシエ個人の感覚に負う部分が大きく、センスが発揮される領域でもある。ショーケースのセンターを張るアイテムではないけれど、もし、訪れたお菓子屋に並んでいたら、ぜひ食べておきたいと思うのです。

関本祐二(せきもと・ゆうじ)
東京・尾山台「オーボンヴュータン」で修業、長野県小布施「ロント」を経て渡仏。帰国後、青葉台「ピュイサンス」で経験を積んだ後に「パティスリー ロタンティック」をオープン。

パティスリー ロタンティック
埼玉県さいたま市南区文蔵2-29-19 ksマンション文蔵1F
048-839-8227
10:00~17:00
木曜日、第1・3・5水曜日休
https://www.facebook.com/Patisserie.LAuthentique/

田中貴士(たなか・たかし)
東京・恵比寿「タイユバン・ロブション(現・シャトーレストラン ジョエル・ロブション)」、東京・青山「ブノワ」で修業後、渡仏。パリ「des GATEAUX et du PAIN paris」でスーシェフを任される。帰国後、「be」「ブノワ」のシェフパティシエ、日本の「ピエール・エルメ・パリ」でスーシェフを務め、2013年白金高輪に現店オープン。

パッション・ドゥ・ローズ
東京都港区白金1-13-12
03-5422-7664
10:00~19:00
無休
https://gourmet.aumo.jp/gourmets/647679

渡辺雄二(わたなべ・ゆうじ)
鎌倉「レザンジュ」での修業後、実家である三重県の洋菓子店の工場長を務め、2004年に現店をオープン。優れた素材を求めて全国の生産者を訪ね歩き、その生かし方を深く探求。毎年、欧州へ視察に訪れる。

ドゥブルベ・ボレロ
滋賀県守山市播磨田町48-4
077-581-3966
11:00~20:00
火曜休
http://www.wbolero.com/index.html

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