糖とスイーツ

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パティシエの仕事を「糖」が支える――8 メレンゲ作りは「糖」でコントロール。

photographs by Masahiro Goda, Jun Kozai, Tsunenori Yamashita

メレンゲには、フレンチメレンゲ、スイスメレンゲ、イタリアンメレンゲの3種類があります。
サックリしたフレンチ、ホコッとしたスイス、ねっちりしたイタリアン。 食感の違いは、泡立てる際の「糖」の加え方の違いから生み出されます。 グラニュー糖を加えながら泡立てるフレンチ、グラニュー糖を加えて温めてから泡立てるスイス、熱々のシロップにして加えるイタリアン。 フランス菓子に欠かせないメレンゲの性格を決定するのは「糖」と言って過言ではありません。

メレンゲ菓子を探求する日本のパティシエ

ひと昔前、パリのクラシックなお菓子屋さんを訪れると、棚には必ずと言ってよいほど焼きメレンゲが並んでいました。サイズや形に決まりはなく、適当なサイズ、適当な形で焼かれることが多くて、枕くらい大きなメレンゲがウィンドウを飾っていたりしたものです。

フランス菓子には、卵を卵黄と卵白に分けて使う工程が数多くあります。卵黄と卵白では成分や性質が異なるため、別々に使うことで各々の特性や機能を効果的に活かすわけですが、概して「卵白が残る」と言われます。そこで余った卵白の活用法としてメレンゲ菓子が店頭を飾ってきたという歴史があるのでしょう。
メレンゲを焼く適正温度は80~100℃。低温で長時間かけて焼き上げます。「メレンゲは捨て火で焼く」と言って、すべての仕事が終わったところで窯に入れて家に帰る。すると、朝、出勤してきた頃、ちょうどいい感じに焼けている。それが、メレンゲ菓子の伝統的な作り方でした。メレンゲ菓子の出自には、“余った卵白を余熱で焼く”、フードロス対策のエコスイーツという側面もあったと言えそうです。

そんなメレンゲ菓子に表現の喜びを見出した日本人パティシエは少なくありません。
「1.卵白に砂糖を加えて泡立てる」「2.低温で長時間焼く」、つまり、材料が2つだけなら工程も2つだけ。シンプルさゆえ、泡立て方と焼き方次第で独自の食感と味わいを生み出せる。そこに面白みを見出すのでしょう。サックリなのか、ホコッなのか、ショリッなのか。歯を当てた時にはホロッと崩れるのか、カシャッと割れるのか。理想のテクスチャーを求めて、専用のホイッパーを特注したパティシエもいます。フランス人にとってはフードロス対策のエコスイーツだったメレンゲに無限の可能性が潜んでいると見抜いたのは、技を突き詰めて繊細な表現へと落とし込んでいくのが得意な日本人ならではかもしれません。

粉状で加えるか、シロップにして加えるか

理想のメレンゲ菓子を形にする上で鍵になるのが「糖」です。
泡立てる際に、どのタイミングで砂糖を加えるのか、どんな状態で加えるのかによって、仕上がりは大きく変わります。

そもそもメレンゲには3つ、フレンチメレンゲ、イタリアンメレンゲ、スイスメレンゲの3種類があります。よく使われるのが、フレンチメレンゲとイタリアンメレンゲの2種類。
フレンチメレンゲは、卵白にグラニュー糖や粉糖を数回に分けて加えながら泡立てていきます。イタリアンメレンゲは、砂糖を熱々(118℃)のシロップにして、卵白がある程度泡立ったところに糸のように細く垂らし加え、冷めるまで泡立て続けます。フレンチの気泡は壊れやすく消えやすくはかない。対して、イタリアンの気泡は壊れにくく消えにくくて長持ち。材料は同じでも、「糖」をどんな状態で加えるかによって性質がまったく異なってくるのがメレンゲの奥深さです。
それぞれの代表的な使い方として、フレンチはスポンジ生地に、イタリアンはムースに使います。
イタリアンメレンゲは118℃のシロップによって卵白に火が通った状態(熱凝固&殺菌)になっているため、そのまま使えるのも特徴。レモンタルトの飾りに使われているのを見たことがある人も多いのではないでしょうか。冷蔵設備の発達によってホイップクリームによる装飾がポピュラーになる以前のケーキの装飾パーツでもありました。

兵庫県西宮市「ルメルクール」の「タルトジョンヌ」は進化形レモンタルト。白ゴマの風味がプラスされている。お約束のイタリアンメレンゲを飾って。

一方、フレンチメレンゲは、ビスキュイのような焼成生地の材料として使うと同時に、冒頭で紹介した焼きメレンゲのように、それ自体を焼いただけでも立派なお菓子になり、お菓子になった時の味の違いはやはり「糖」によって生まれてきます。メレンゲ内の「糖」を焦がさないように火入れするのか、あえて焦がすように火入れするのかの違いです。

卵白の白さを損なわないよう、あるいは色粉を加えてパステルピンクやパステルグリーンに仕立てようという場合は、焼くというよりも乾燥させるイメージで火入れします。見た目が美しく、食感はホコッともろく心地良く、味わいはごくシンプルに甘い。なにせ材料が卵白と砂糖だけですから当然ですね。
対して、「砂糖のおいしさを引き出したメレンゲを作ろう」と考えるパティシエもいて、彼らはメレンゲに含まれる砂糖をキャラメリゼさせることで香ばしい味わいに仕立てます。この考え方で作られるメレンゲはほんのり色付いて、淡いベージュ色を帯びます。材料が卵白と砂糖だけだからこそ、砂糖のキャラメリゼされた風味が口中に広がって、感動の味わいをもたらします。

砂糖をキャラメリゼさせるタイプのメレンゲはほんのりベージュ色で香ばしい味わい。モンブランの底に潜ませるメレンゲをキャラメリゼさせるように焼くパティシエもいる。

東京都・文京区の「トレカルム」のムラング・シャンテイイ「イヴェール」(トップ画像)用のメレンゲは、キャラメリゼさせないタイプ。スイスメレンゲの技法で作られる。

「トレカルム」では、メレンゲをキャラメリゼさせないが、おろしたてのカボスとナッツメグで風味付けして鮮烈な印象を与える。

メレンゲでマカロンのレシピを進化させる

フレンチとイタリアン、2種類のメレンゲの性質の違いをひと言で表現すれば、フレンチメレンゲは不安定、イタリアンメレンゲは安定的と言えるでしょう。
メレンゲが決め手となるお菓子にマカロンがありますが、従来、マカロンに使われるメレンゲはフレンチでした。壊れやすさを利用して、アーモンドパウダーと混ぜ合わせる際に、あえて気泡を潰すことで、膨らみ過ぎずしっとりしたマカロン独特の食感に焼き上げるのです。その潰し加減は長年の経験による見極めが必要で、潰し加減によってマカロンの仕上がりは大きく変わってしまう。ならば、不安定なフレンチではなく、安定的なイタリアンメレンゲを使えばいいと、マカロンに使うメレンゲをフレンチからイタリアンへと変えたのが、かのグランパティシエ、ピエール・エルメです。作る上で安定的であると同時に、食感や味わいにイタリアンメレンゲ特有のツヤやボリュームが加わり、リッチさがもたらされたのでした。エルメのマカロンレシピが広まってから、マカロンにフレンチではなくイタリアンメレンゲを使うパティシエが増えています。

ピエール・エルメは、マカロンにイタリアンメレンゲを使うことでレシピを進化させ、同時に様々なフレーバーを取り入れてマカロンの新しい世界を切り拓いた。

パーツとして、お菓子として、パティシエの仕事に欠かせないメレンゲ。お菓子作りをロジカルに捉えるシェフほどメレンゲの深みにはまっていくのは、「糖」のなせるワザと言ってよさそうです。

ルメルクール
兵庫県西宮市南越木岩町14-2
0798-71-4118
11:00~18:00
火曜、水曜休(祝日の場合、営業)
https://www.remercoeur.com/

パティスリー トレカルム
東京都文京区千石4-40-25
03-3946-0271
10:30~19:00
不定休
https://www.tres-calme.com/

ピエール・エルメ・パリ 青山店
東京都渋谷区神宮前5-51-8 ラ・ポルト青山1F
03-5485-7766
12:00~19:00
無休
https://www.pierreherme.co.jp/

<料理通信>

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