photographs by Hide Urabe, Tsunenori Yamashita, Kiyo Kobayashi, Sai Santo
ブラウンシュガー、きび砂糖、てんさい糖……
精製度の低い“茶色い砂糖”が使われるケースが増えています。
パン屋さんやコーヒーショップでのお菓子作りによく登場し、選んでいるのは若い世代の作り手たち。
オーガニックや全粒粉など、栽培法や加工法から素材を吟味する人たちが増えてきたことと関係しているようです。
“茶色い砂糖”とコーヒーショップの関係
洋菓子ならグラニュー糖や粉糖、和菓子であれば上白糖や白ザラ糖など、お菓子作りには精製度の高い“白い砂糖”を使うのが基本です。
その理由は、バター、卵、フルーツ、ナッツといった素材の味を邪魔しないピュアな糖を使うことで、パティシエが思い描く通りのお菓子に仕立てるため。精製度が高いほうが作業性や保形性などの機能面でもブレが少なく、正確に加工できるという側面もあるでしょう。
何層もの味の異なるパーツから成るケーキを作ろうという時、パティシエは緻密な味の設計をして組み立てます。たとえば、現代フランス菓子を代表するフレーバーの組み合わせにピエール・エルメの「イスパハン」――フランボワーズ+ライチ+ローズ――がありますが、この組み合わせのインパクトをストレートに伝えたいと思ったら、余計な要素は排除して味の輪郭を際立たせようと、精製度の高い砂糖を使うのは当然でしょう。
そんな製菓の常識を揺るがすほどではないけれど、ここ数年、きび砂糖、てんさい糖、洗双糖など“茶色い砂糖”がお菓子作りに使われるケースがじわじわと増えてきました。
きっかけのひとつがコーヒーショップ。スペシャルティコーヒーやサードウェーブコーヒーといった世界的なトレンドを反映して、エチオピア、ケニア、エルサルバドルなどから届くシングルオリジンコーヒーを扱う店が日本のあちこちにできました。それらの店では必ずと言ってよいほどコーヒーのお供的なスイーツが用意されています。コーヒースタンドであればカウンターの片隅に、コーヒーと一緒にテイクアウトして歩きながら食べられるよう、ドーナッツやマフィン、大判のクッキーといった素朴なお菓子が。落ち着けるカフェであれば、店主自ら腕をふるったチーズケーキやパウンドケーキが。
作り方を聞いてみると、糖分として使われているのは“茶色い砂糖”である場合が少なくありません。
パティスリーのショーケースに並ぶような構築型のケーキではないから、砂糖にピュアさは求めない。そもそも「コーヒーには“茶色い砂糖”が合う」と語るコーヒー関係者もいます。コーヒーと一緒に食べるスイーツに“茶色い砂糖”を使うのは自然な発想なのかもしれません。
左の東京・中目黒「オニバスコーヒー」自家製のあん最中はきび砂糖、右の東京・中板橋「ワンルームコーヒー」のチーズケーキにはてんさい糖が使われている。
そして何よりスペシャルティコーヒーやサードウェーブコーヒーの人々は、中南米やアフリカといったコーヒー産地とコミュニケーションを重ねる中で培ったグローバルな視野を持ち、自然環境や人々の健康におけるサステナビリティを重視する。丸ごと生かす素材の活用、ロスの少ない製造工程、ミネラル豊富な栄養成分といった意味でも、精製糖より粗精糖を選ぶのはごく自然な選択なのでしょう。
背景にある大きな食のうねり
料理人、パティスリーのパティシエ、パン職人でも、環境や社会に対する関心の高い人は“茶色い砂糖”を選ぶ傾向にあります。トップ画像の2つのお菓子、左は東京・松陰神社の「メルシーベイク」の「キャロットケーキ」、右は東京・町田市「サンス・エ・サンス」(2020年末に閉店)の「サンティアゴのケーキ」ですが、前者にはてんさい糖、後者にはきび砂糖が使われています。
考えてみれば、オーガニック志向が高まり、自然派ワインの造り手と愛好者が世界中に広がり、街のパン屋さんの棚に全粒粉のパンや自家製粉のパンが増えている。“茶色い砂糖”の根底に流れる意識はそんな大きな食のうねりと同じなのかもしれません。自然の営みや恩恵を無駄にしないように享受することが、結果的には環境負荷を減らし、温暖化や食糧危機へのささやかな対策になる。そう考える人が確実に増えているのです。ブラウンブレッドがポピュラーになってきたように、ブラウンシュガーが浸透してきていると考えてよさそうです。
パン屋さんと言えば、パン屋さんが作るお菓子にも“茶色い砂糖”がよく使われます。「全粒粉で作るクッキー、ビスコッティ、スコーンの生地にはきび砂糖や洗双糖が合う」と考えるパン職人は少なくありません。
「パーラー江古田」のアマレッティ(左)とビスコッティ。全粒粉で作る場合は自家製粉の粉を用い、アマレッティにはきび砂糖、ビスコッティには波照間の黒糖を使う。
埼玉県幸手市「cimai」のスコーンには洗双糖が使われる。粉は国産小麦だ。
「糖」の個性を生かす菓子作り
“茶色い砂糖”は、クリアな甘みでない分、味わいにコクや厚みがあります。エッジの立ったキレッキレの甘みではなくて、やわらかく穏やかな、ふくよかな甘み。“味がある砂糖”とでも言えばよいでしょうか。黒糖を使ったお菓子を思い浮かべるとわかりやすいと思いますが、“茶色い砂糖”を使うと、砂糖自体の風味を生かすようにお菓子作りをすることになります。
フランスの粗精糖、ベルジョワーズ(原料:てんさい)やカソナード(原料:サトウキビ)を使う時も、パティシエはそれらの風味を生かすように使います。たとえば、「タルト・オ・シュクル Tarte au sucre」――その名も「砂糖のタルト」の意味――は、ベルジョワーズの産地・北フランスの郷土菓子。ブリオッシュ生地にバターとベルジョワーズをたっぷりとふりかけて焼き上げます。
“茶色い砂糖”を使ったお菓子作りは、「糖」それ自体の個性を生かし、かつ、未来へつなげるクリエイションと言えそうです。
オニバスコーヒー
東京都目黒区上目黒2-14-1
03-6412-8683
9:00~18:00
不定休
https://onibuscoffee.com/
*現在、最中の販売はありません。
ワンルームコーヒー
東京都板橋区中板橋30-1
TEL:非公開
11:00~19:00(土・日・祝~17:00)
不定休
https://www.instagram.com/1_room_coffee/
メルシーベイク
東京都世田谷区若林3-17-10
03-6453-2389
11:00~17:00
木曜休、不定休もあり
https://www.instagram.com/mercibake/
サンス・エ・サンス
*2020年末をもって閉店
パーラー江古田
東京都練馬区栄町41-7
03-6324-7127
8:30~18:00
火曜休
https://www.instagram.com/parlour_ekoda/
cimai
埼玉県幸手市大字幸手2058-1-2
0480-44-2576
12:00~18:00頃
不定休
http://www.cimai.info/
<料理通信>
【作り手・生産者】=【使い手・料理人】=【食べ手・消費者】を相互に繋ぎ、そこに生まれる新たな食シーンや消費ステージを提示。
食のトレンドセッター・メディアとしての独自の目線や先んじた兆しのキャッチ力が、食のオピニオンリーダーから支持されている。