photographs by Hide,Shinya Morimoto
日本人が「ふわとろ」好きなのに対して、フランス人は「カリカリ」が好き。メリハリやコントラストのある食感を好みます。 歯を当てると砕け散るカリカリ、表面だけカリッとして中はしっとりなど、様々な「カリカリ」「パリパリ」を作り出すのに活躍するのが「糖」です。
「カリカリ」を生み出す昔ながらの職人仕事
お菓子屋さんやパン屋さんで「クロッカン」という名前のお菓子を見かけることがあります。「クロッカン」「クロッカン・ショコラ」「クロッカン・ノワゼット」「クロッカン・オ・ザマンド」……。
「クロッカン Croquants」とは「カリカリした」「カリッとした」という意味で、小気味良い歯応えのお菓子がよく「クロッカン」と名付けられます。食感が名称になるのは、日本で言えば「ふわとろオムライス」とか「もちっと蒸しパン」みたいな感覚でしょうか。
そう、日本人は「ふわとろ」が好き。対して、フランス人は「カリカリ」「パリパリ」が好きです。日本人が耳までやわらかい食パンが好きなら、フランス人はパリパリッのクラスト(皮)のバゲットが好き。だから、お菓子にも「クロッカン」なお菓子が少なくありません。
このクロッカンな食感を作り出す鍵は「糖」にあります。
メレンゲとナッツを混ぜ合わせて円盤状に焼いた、その名も「クロッカン」というお菓子がよくパティスリーの焼き菓子コーナーに並んでいます。これはメレンゲとナッツを混ぜ合わせて焼くのですが、メレンゲを泡立てる際、砂糖を溶かし切らずにふんわりと立てるのがコツ。そうすることで、焼いている間に生地中の砂糖が飴状になって、ナッツと共にカリカリ、ザクザクッとした小気味良い食感を生み出すのです。
元々カリカリなナッツの表面をキャラメリゼして、いっそうカリカリにして使うケースは少なくありません。飴で覆うことで、食感はもちろんキャラメリゼの風味がプラスされて何倍にもおいしくなる。しかもナッツが湿気らずに風味や食感が保持されるメリットもあります。
飴がけアーモンドは、フランス本国では「プラリーヌ」と呼ばれ、17世紀のルイ13世時代に王室の婦人たちに好まれたという歴史あるスイーツ。チョコレートでコーティングする場合は表面を滑らかにキャラメリゼしますが、プラリーヌにする場合は表面をゴツゴツに仕上げます。
銅鍋に砂糖を溶かし、ナッツに絡めてシャリッと糖化させるという昔ながらの作り方で、砂糖もナッツもどこまで火を入れるかで味が別物になってしまう。付きっきりで砂糖とナッツの変化を見ながら仕上げる職人技です。
プラリーヌ作りの様子。銅鍋で砂糖を溶かしたところにアーモンドを投入。砂糖を糖化させます。
さらに加熱してキャラメリゼ。こんがり色付けます。
「糖」を溶かして固めて生まれる食感
砂糖を溶かして固めて生まれる食感は、いろいろなお菓子で活かされています。
たとえば、クイニーアマン。このお菓子を日本で流行らせたのはピエール・エルメですが、今ではパン屋さんやコンビニスイーツとしてもおなじみになりました。
バターたっぷりのクロワッサン生地を四角く折り畳んでセルクル型に詰め、生地の底にグラニュー糖をびっしりまぶして焼き上げます。焼いている間にバターが滲み出し、グラニュー糖は溶けてキャラメリゼされるため、底が薄い板状の飴になるのが最大のポイントです。飴で覆われた面を上にして並べるお店もあるほど。
ナイフを入れたり、手でちぎろうとすると、飴がパリッと割れるのが心地良くて、そこがクイニーアマンの魅力、と思っていたら、板状の飴に特徴を持たせたクイニーアマンも登場してきました。東京・白山の「テネラ・ブレッド&ミールズ」。「あえて黒くなるまで焼き込んで、ビターな飴とザクザクじゅんわりな食感に仕上げます」と田中仁人シェフ。
「テネラ・ブレッド&ミールズ」のクイニーアマン。しっかり焼き込むため、底にできる飴が苦み走って大人な味わい。
一方、カヌレでも活かされています。
カヌレはフランス・ボルドー地方の伝統菓子。ワインの澱を取り除くのに卵白を使うため、黄身が余ってしまう、その黄身の活用法として修道院で誕生したと伝えられています。焼き上がった後、型から外しやすいよう、型の内側に蜜蝋を塗るのが伝統的な製法。修道院発祥の菓子ならではですね。その蜜蝋のおかげで溝のラインが美しく際立ち、食感もカッチリするわけです。
今も蜜蝋を使うお店は少なくありません。そこを蜜蝋ではなく、バターとグラニュー糖やハチミツを使うパティシエもいます。グラニュー糖であれば、型の内側にバターを塗り、グラニュー糖をまぶして焼き上げますが、型から出して覚ますと、カリッ、パリッどころか、ガリッ、バリッの食感に。そんな硬派(!?)なカヌレが人気を博していたのは大阪の「茶丸堂」(現在休業中)。
外側の焦げた部分が分厚く、見るからにガシッと焼けているのがわかる。
型の内側にバターを塗ってグラニュー糖をまぶしてから生地を流し入れる。
砂糖を溶かして固めて生まれる食感は、意外なところでも発揮されています。
1月のお菓子として日本でも広まってきた「ガレット・デ・ロワ」。小さな陶製のフェーブが中に仕込まれ、みんなで切り分けて食べる時、フェーブが当たった人がその日1日王様・王女様になれるというイベント菓子です。 アーモンドクリームを包んで焼いた折りパイ生地の表面が艶やかなのは、実は糖が溶けて固まっているから。ミルフィーユの折りパイ生地の表面が艶やかなのも同じ理由です。
金沢文庫「オ・プティ・マタン」の武井晴峰シェフに工程を見せていただいたところ、生地が焼けたところでオーブンから出して表面に粉糖をふり、再びオーブンへ。すると、粉糖が溶けてカラメル状になって生地の表面を覆うため、見た目が艶やかになり、食感はパリッとメリハリが付いて、いっそうおいしくなるのだそうです。
金沢文庫「オ・プティ・マタン」のガレット・デ・ロワ。表面が艶やか。
焼き上がったところでオーブンから出して粉糖をふり、オーブンに戻して仕上げる。
何気なく食べているスイーツが印象深く心に刻まれるのは、パティシエたちのこんな糖使いがあるからにほかなりません。
田中仁人(たなか・よしと)
パンという名の幸せを届けたいとの思いから、2020年8月オープンしたパン屋さん。おいしさにこだわりつつ、健康的で身体に優しい食材を厳選。どのパンも独自のイメージで徹底探求。
テネラ・ブレッド&ミールズ
東京都文京区白山4-37-37
03-5981-9822
10:00~18:00(売り切れじまい)
水曜、金曜、第3木曜休(不定休あり)
https://tenera.jp/
武井晴峰(たけい・はるみね)
西八王子「ア・ポワン」(閉店)等で修業後、渡欧。「ミクニズカフェ・マルノウチ」でシェフ・パティシエとして腕をふるう。2007年、金沢文庫に現店を開店。2019年には鎌倉に「モンブランスタンド」を開く。
オ・プティ・マタン
神奈川県横浜市金沢区大川7-4-102レディアントシティ横浜
045-786-0558
10:00~20:00
水曜、木曜休
http://www.au-petit-matin.net/
<料理通信>
【作り手・生産者】=【使い手・料理人】=【食べ手・消費者】を相互に繋ぎ、そこに生まれる新たな食シーンや消費ステージを提示。
食のトレンドセッター・メディアとしての独自の目線や先んじた兆しのキャッチ力が、食のオピニオンリーダーから支持されている。