糖とスイーツ

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パティシエの仕事を「糖」が支える――6 「糖」が生地の性格を作ります。

photographs by Hide Urabe,Jun Kozai,Masahiro Goda

「糖」の役割は甘味と思われがちですが、食感、コク、軽さ、深み、といった生地の性格そのものに大きく関わっています。パティシエたちは、どんな生地に仕立て上げようかと思い描くイメージに合わせて、「糖」を選び、使い分けています。

フィナンシェの味の決め手は実は「糖」!?

“フランス産発酵バターのフィナンシェ”“2種類のヨーロッパ産発酵バターで作るフィナンシェ”といった謳い文句を見かけるように、フィナンシェと言えばバターが味の決め手となるイメージがあります。
でも、実は「糖」もその味わいや食感に大きく関係しています。

以前、『料理通信』スイーツ特集の企画で9店舗のパティスリーのフィナンシェを食べ比べたことがありました。
主材料の「粉」「バター」「糖」について、それぞれ何を使っているかを尋ねたところ、バターに関してはほとんどの店が焦がしバター(メーカーは様々)だったのに対して、「糖」は見事に分かれました。「グラニュー糖」と答えた店が2軒、他は「グラニュー糖、転化糖」「粉糖」「グラニュー糖、転化糖、粉糖」「フランス産ヴェルジョワーズ(てんさいを原料とする粗糖)」「ラベンダーハチミツ、粉糖」「イタリア産ハチミツ」「グラニュー糖、トレハロース」。こんなにも店によって違うものかと驚きました。

『料理通信』スイーツ特集でフィナンシェとマドレーヌの食べ比べ。店による材料の違いが浮き彫りに。

製菓の基本素材はグラニュー糖ですが、より微細な粒の粉糖、粘液状の水あめやハチミツ、転化糖など、糖の形状は焼き上がった後の生地の質感や食感を左右します。パティシエたちは、どんなフィナンシェ(ふんわり、しっとり、サックリ、コク、香り、軽さ、香ばしさ……)を理想とするかで糖を選ぶ。本来、パティシエのお菓子レシピで材料表に「砂糖」と記すことはあまりありません。お菓子のタイプによっては糖の種類を問わないレシピもあったり、家庭向けに「砂糖なら何でもいいですよ」と配慮したレシピもあるけれど、厳密には、単に「砂糖」と表記するのではなく、砂糖の種類で表記しなければ、目指すお菓子は作れないと言えるでしょう。

京都「パティスリーS」の中元修平シェフがフィナンシェに使うのは「粉糖、カソナード、ハチミツ」。カソナードはサトウキビを原料とするフランス産の粗糖で、「赤砂糖」とも呼ばれるように精製しすぎないがゆえのコクと穏やかな甘味が特徴です。
「コクと軽さの両立を図るため、コクのあるカソナード、ハチミツ、軽さの出る粉糖、3種の糖を組み合わせることでバランスを取ります」と中元シェフ。

バトー型で焼く「パティスリーS」のフィナンシェ。糖の配合はこのフォルムとも関係しています。

そもそも中元シェフのフィナンシェは「糖類が多くて、バター少なめ」だそうです。というのも、粉の85%以上をアーモンドパウダーが占める配合なので、「コクはアーモンドパウダーが担ってくれている。ここにバターを多く入れると重く感じてしまうから」。糖分の多さに関しては「火抜けの良いフォルムの型やオーブンで焼くことで、甘さをベタッと感じさせないように焼き上げています」。
長方形のフィナンシェ型ではなく、シャープなバトー型を使って焼き上げることで、焼き面はサクッ、特に端っこはカリッ、中はしっとり、ねっとりと、食感も多彩。小さな姿に詰まった豊かな味わいと表情は、糖の巧みなコントロールによって出来上がっているのです。

フィナンシェと並んでポピュラーな焼き菓子、マドレーヌでもまた、パティシエたちの糖使いは一筋縄ではいきません。前述の9店舗のパティスリーの食べ比べをマドレーヌでも実施しましたが、「グラニュー糖」のみの店が3軒、「グラニュー糖、転化糖」が2軒、他は「イタリア産ハチミツ」「粉糖、ハチミツ」「ハチミツ、転化糖、グラニュー糖、トレハロース」「長野県産ハチミツ」といった具合でした。

「ふんわりサクッと仕上げたい時はグラニュー糖のみ。きめ細かくしっとりしなやかなテクスチャーに仕上げたい時はハチミツと水あめを加えます」と語るのは、南浦和「プティ・クレール」の呉屋良太シェフ。
フランスのマドレーヌはよくお腹がぷっくり飛び出していますが、あのタイプはグラニュー糖で作り、日本人好みのしっとり系はハチミツや転化糖を加えるそうです。

左がグラニュー糖のみのぷっくりタイプ、右はハチミツと水あめを加えたしっとりタイプ。「プティ・クレール」で。

シンプルスイーツで発揮される「糖」の力。

材料の種類が少ないシンプルなお菓子の場合、糖選びが生地の質感や食感を左右するわけですが、その代表格としてサブレも挙げられるでしょう。サブレには粉糖。これはもう定説と言っていいかもしれません。配合中の水分(卵)が少ないため、バターに溶けやすい粉糖が作業的に適しているのと、粉糖を使うと仕上がりがホロッとするのが理由です。『料理通信』のスイーツ特集を片っ端から見返して様々なパティシエのサブレの配合を調べてみましたが、ほぼ全員が粉糖を使っていました。

ホロホロ、サクサク、ザクザク、食感のバラエティもクッキー缶の愉しみ。そこにも糖使いが影響する。

写真は、東京・千歳烏山「パティスリー ユウ・ササゲ」、捧雄介シェフによるクッキー缶の一例。捧シェフはクッキーの種類によってグラニュー糖と粉糖を使い分けています。ホロホロ食感のサブレには粉糖を、カリカリ食感のメレンゲにはグラニュー糖を。ちなみに写真のクッキー缶の中で粉糖が使われているのは、波形の絞り柄のヴィエノワ(プレーン、ショコラの2種)、側面にグラニュー糖をまぶした円盤状のディアマン(プレーン、ショコラの2種)です。

材料の種類が少ないお菓子の中でもとりわけ少ないのが、フランスの伝統菓子「ビスキュイ・ド・サヴォワ」。基本配合にはバターも入らず、卵と砂糖と粉のみ。たったこれだけですが、卵を卵黄と卵白に分けて、卵白をメレンゲにして使うことで、3つの素材で作られたとは思えないくらい荘厳なお菓子に仕立て上げます。
東京・吉祥寺「パティスリー A.Kラボ」の庄司あかねシェフの場合、ビスキュイ・ド・サヴォワ作りのポイントは2つ。「ひとつが、メレンゲを泡立てすぎないようにすることでしっとりさせる。もうひとつが、型の内側にグラニュー糖をまぶしてから焼くことで、生地の表面にジャリジャリした食感を持たせてアクセントにする」。
糖のこんな使い方もあるんですね。

型の内側に薄くバターを塗ってグラニュー糖をしっかりまぶし付けます。

グラニュー糖をまぶし付けることで、表面が焼き固められ、形の美しさが際立ちます。食感のアクセントにもなります。

中元 修平(なかもと・しゅうへい)
大学卒業後、飲食に関わる仕事を求めてレストラン、カフェ、パティスリー、パン屋などで幅広く修業。28歳より約2年半、「ハイアットリージェンシー京都」のペストリー部へ。神戸のブラッスリーなどを経て、2009年、京都・烏丸に「Patisserie.S」をオープン。

パティスリーSサロン
京都府京都市中京区朝倉町546 ウエルスアーリ天保1F
075-223-3111
11:00~19:00
水曜、木曜休
https://patisserie-s.com/

呉屋 良太(ごや・りょうた)
OEMやカフェへの卸などを手掛ける製菓アトリエで経験を積んだ後、日々の暮らしをささやかに潤すお菓子の提供がコンセプトの南浦和「プティ・クレール」のシェフパティシエに。最近はレモンケーキや可愛いクッキー缶も人気。催事出展も多数。

プティ・クレール
埼玉県さいたま市南区南浦和2-32-10
048-711-6716
11:00~19:00(土曜、日曜、祝日~18:00)
火曜休
https://lapetiteclaire.com/

捧 雄介(ささげ・ゆうすけ)
南青山「ルコント」、四谷「オテル・ド・ミクニ」、湯島「ロワゾー・ド・リヨン」などを経て、2010年三軒茶屋「プレジール」のシェフパティシエに就任。2013年、千歳烏山に「パティスリー ユウ ササゲ」をオープン。伝統とモダンを併せ持つお菓子作りには定評がある。

パティスリー ユウ ササゲ
東京都世田谷区南烏山6-28-13
03-5315-9090
10:00~19:00
火曜、水曜休
https://www.facebook.com/PatisserieYuSasage/

庄司 あかね(しょうじ・あかね)
美術の専門学校卒業後、デザイン事務所勤務を経て、お菓子の世界へ。フランス研修や田園調布「レピドール」での修業の後に、2003年独立。フランス全土の伝統菓子を月替わりで紹介し続けている。

パティスリーA.Kラボ
東京都武蔵野市中町3-28-11
0422-38-9727
11:00~18:00
水曜、木曜休
http://aklabo.com/

<料理通信>

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