糖とスイーツ

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パティシエの仕事を「糖」が支える――3 「糖」がお菓子を進化させる。

「糖質制限」という言葉にすっかり馴染みができたこの頃。糖質制限スイーツを用意するパティスリーが増えました。
健康に配慮したお菓子作りを実現するのは新しいタイプの甘味料、機能性甘味料です。
機能性甘味料は、お菓子の食感や日持ちの上でもメリットがあり、パティシエの仕事の幅を広げています。

ヘルスケア視点のお菓子作り。

「洋菓子店クリオロ」のサントス・アントワーヌシェフは、20~30種もの糖や甘味料を使い分けています。
グラニュー糖、粉糖、上白糖などの精製糖、黒糖や和三盆といった含蜜糖、フランス産の粗糖カソナード、そして、ハチミツやメープルシロップ……。 「糖や甘味料でできることがたくさんあるから」とサントスシェフは言います。
昔ながらの糖に加え、現代においては、エネルギーになりにくい、あるいは血糖値に影響しにくいソルビトール*1、マルチトール*2、エリスリトール*3を成分とする甘味料や、消化吸収速度が緩やかなパラチノース*4といった甘味料の登場によって、お菓子作りの世界がいっそう広がりました。

その代表が、「糖質制限スイーツ」。
「糖質制限食研究の第一人者から指導を受けて取り組み始めたのが5、6年前。年々ニーズが高まり、オンラインショップでは不動の人気NO.1チーズケーキの次に売れています。注文が多い週には60×40cmの天板で24枚分も作るほどなんですよ」
サントスシェフが使うのは、エリスリトールを主成分とする甘味料や、マルチトール配合のチョコレートなど、機能性甘味料やそれらを使った製菓材料です。
ショ糖、ブドウ糖、果糖などの「糖類」は摂取後すぐに吸収されて血糖値を上昇させる――食後血糖値の急激な上昇や血糖値の乱高下が糖尿病へと発展していく要因になります――のに対して、「糖質」に属するエリスリトールやマルチトールは消化吸収されにくく、血糖値に影響が少ないという性質を利用したものです。

サントスシェフは、糖質制限スイーツでも普通のケーキと変わらないおいしさを追求。今夏の新作「スリム・パッション」は、バニラムースと華やかな酸味のパッションフルーツのジュレ、ふっくら厚めに焼き上げたアーモンド・ビスキュイで構成。

サントスシェフが糖質制限スイーツに取り組み始めたのは、奥様が1型糖尿病であることがきっかけでした。
「糖尿病の方やその家族から『諦めていたケーキが食べられるようになった。家族みんなで一緒に同じケーキを食べられるのがうれしい』と感謝されるのはパティシエ冥利に尽きますね。最近は、糖尿病ではないけれど健康に気遣って糖分の質や摂り方を意識する方からのオーダーも増えています」 食べられなかったお菓子が食べられる、大好きなお菓子を我慢しなくていい……。新しい甘味料が、食事を制限しなければならない人や健康を意識する人の暮らしを豊かにし、生活の質を向上させていることは間違いありません。

「糖質制限のボンボンショコラを」というサントスシェフの思いが詰まった糖質制限チョコレート「スリム・ヌボテ・ショコラ」。試行錯誤を繰り返して、今年6月に登場。ナッツが際立つ「プレーン」、スパイスが香る「エピス」の2種入り。

一方、「スローカロリー」という考え方を取り入れているのは、東京・三鷹「マ・プリエール」の猿舘英明シェフ。
「スローカロリー」とは、糖質の小腸での消化吸収速度がゆるやかな食事によって、食後高血糖や肥満などへのメリットを図るという考え方です。 「お菓子に使う糖分の15%以上をパラチノースにすることで、スローカロリーと呼べる効果が得られます。パラチノースは甘味度が砂糖の1/2と低いため、一緒に使う素材の持ち味を生かすことができるのもいいですね」と猿舘シェフ。ちなみに「パラチノース」は“次世代型糖質”をうたう甘味料です。

「マ・プリエール」の人気商品「マプリショコラ」(5個セット)はパラチノースを使ったスローカロリースイーツ。エクアドル、ベネズエラなど5種類の産地別カカオを使い、しっとり蒸し焼きに。

ヘルスケアに関する研究や情報がアップデートされ続ける現代、人々の意識も関心も絶えず更新されます。
「2年に一度はすべてのお菓子の配合やレシピを見直して、時代に合わせてマイナーチェンジを図るのですが、クッキーやマドレーヌなどの焼き菓子の多くはすでにスローカロリーに変えました。ケーキもできるかぎりスローカロリー化を図ろうと思っています」
猿舘シェフは、百貨店のお中元・お歳暮のカタログ商品やバレンタインのチョコレート菓子もスローカロリーで対応しているそうです。糖との付き合い方はすでに新しい時代に入っているのかもしれません。

「マ・プリエール」の夏の定番ジュレにもパラチノースが使われている。「甘味度が砂糖の1/2と低いため、フルーツの持ち味が生かせる」と猿舘シェフ。

糖を制する者がお菓子を制す。

新しい甘味料は、健康のみならず、味わいや食感の持続性といった面でも役立っています。
サントスシェフが愛用するのは、マルトースが主成分の粉末甘味料、マルトシルトレハロースを主成分とした水飴。どちらも焼き菓子のしっとり感を長持ちさせる効果があります。
「日本では焼き菓子のギフト需要が高く、日持ちの良さを求められます。元々、日本人の嗜好として“しっとり”が好きということもあって、日にちが経ってもパサパサしないことはとても重要なんです」
それを実現するのが新しい甘味料というわけです。
新型コロナウイルス感染拡大以降、ステイホームやリモートワークの影響でネット通販が活発化しました。配送可能な冷凍ケーキのニーズが一気に高まっていますが、冷凍にはソルビトールが威力を発揮するそうです。
「低カロリーであると同時に冷凍耐性があります。冷凍しても糖が固まらないため、解凍した時にザラザラしないんですよ」

テクスチャーのニュアンス、甘味の強弱、健康維持、日持ち……お菓子に求められる要件は様々。パティシエたちはそれらを総合的に鑑みながら、目的に合わせて素材を選び、甘味料を使い分けます。
「卵、バター、ミルク、フルーツ、いろんな素材がありますが、どの素材を使おうとも、なくてはならないのが糖であり、最も味を感じるのは糖なんですよ」とサントスシェフは言います。だからこそ、時代のニーズに合わせて、機能性に優れた新しい甘味料が登場するのでしょう。
「それぞれに特性があるため、よく調べて、何度も試作を繰り返して、機能とおいしさを両立させるように使わなければいけません。その代わり、糖の働きをしっかり勉強して使いこなせると、個包装に脱酸素剤を入れたりしなくても済みます」
脱酸素剤は1週間ほど経過するとお菓子の味に変化を起こす可能性があるのだとか。「糖には元々保存性があるのだから、脱酸素剤に頼るより、糖の働きを活かすお菓子作りで日持ちさせる方がいい」。
「塩を制する者は料理を制す」と言われますが、「糖を制する者はお菓子を制す」と言ってよさそうです。

*1 ソルビトール
果実や海藻類に多く含まれるブドウ糖から合成されてできる糖アルコールの一種。砂糖の60%の甘さ、カロリーは砂糖の75%。

*2 マルチトール
デンプンから作る麦芽糖を原料とした糖アルコール。 還元麦芽糖とも呼ばれる。砂糖の80~90%の甘さ、砂糖の半分のカロリー。

*3 エリスリトール
果実や醤油・味噌・清酒などの発酵食品に含まれる天然の糖アルコールで希少糖の一つ。ブドウ糖を発酵させて作られる。ほぼゼロカロリーで、虫歯にもなりにくい。

*4 パラチノース
砂糖に酵素を作用させて作る甘味料。ブドウ糖と果糖が、砂糖と異なる位置でつながった構造。消化吸収速度がゆるやか。砂糖に似たすっきりとした味質を持ち、低吸湿性。

※「パラチノース®」、「スローカロリー®」は三井製糖株式会社の商標登録です。

 


サントス・アントワーヌ
フランス・プロヴァンス出身。欧州各地でシェフパティシエを務めた後、来日。京都の洋菓子店「バイカル」や「ヴァローナ・ジャポン」などで技術指導やレシピ開発を務める。2003年にパティスリー「エコール・クリオロ」をオープン、フランスで培ったセンスに日本の繊細さを織り交ぜた独自のスイーツを展開。「世界パティスリー2009」では最優秀味覚賞を受賞。

クリオロ 本店
東京都板橋区向原3-9-2
03-3958-7058
10:00~18:00
火曜休

クリオロ 中目黒店
東京都目黒区上目黒1-23-1 中目黒アリーナ103
03-5724-3530
11:00~19:00
水曜休
https://www.ecolecriollo.com/

 


猿舘英明(さるだて・ひであき)
辻調理師学校フランス校卒業後、世田谷「アルパジョン」「ヴォアラ」にて5年半修業。曙橋「ラ・ヴィ・ドゥース」のオープニングスタッフとして働いた後、渡仏。ノルマンディ「ドゥヌー」「ルオー」、パリ郊外「ラトリエ ドゥ ショコラティエ」、パリ「ストレー」、グループ・アランデュカス「be」、「ミッシェル・ショーダン」で研鑽を積む。2006年「マ・プリエール」を開店。



マ・プリエール
東京都武蔵野市西久保2-1-11 バニオンフィールドビル1F
0422-55-0505
10:00~19:00
不定休
https://www.ma-priere.com/



 






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