糖とスイーツ

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パティシエの仕事を「糖」が支える――4 キャラメルとシロップは製菓界の「だし」。

photograph by Tsunenori Yamashita

砂糖を焦がすとキャラメルになり、水に溶かせばシロップになります。
お菓子作りに砂糖は欠かせませんが、そのまま甘味として加えるだけでなく、キャラメルやシロップにして使えば、お菓子の味わいに厚みや奥行きを持たせたり、ナッツやフルーツなど素材の味わいを底上げしてくれます。 濃度や焦がし加減次第で味と色のグラデーションは様々、風味に及ぼす効果も様々です。
その極意をお伝えしましょう。
 

キャラメルはフォン・ド・ヴォー。

「キャラメル・バーズ Caramel base(baseは土台の意味)」と呼ばれる自家製の加工素材を常備して使いこなすパティシエがいます。
キャラメル・バーズとは、グラニュー糖を焦がして生クリームを加えた、いわゆるキャラメルソース。ホイップした生クリームと合わせてシュー生地に挟めば、キャラメル風味のシュークリームのできあがり。他にも、フルーツケーキの生地にコク出しとして混ぜ込んで焼いたり、リンゴのタルトの表面に塗ったり、チョコレートムースの隠し味として加えたり、いろんな使い方がなされています。フランス料理のフォン・ド・ヴォーのような存在と言えばいいでしょうか。

お菓子作りに砂糖は甘味として欠かせませんが、キャラメルにするとメイラード反応による旨味、苦味、香ばしさが加わるため、単なる甘味に留まらない複雑さや奥行きを増して、お菓子の風味はぐっと立体的になります。
キャラメル・バーズは見えないところで使われているため、その存在や威力に気付きにくいかもしれません。身近なところではプリンのキャラメルソースを思い起こしていただけば、キャラメルのパワーに納得がいくでしょう。
透明感のある赤褐色から深煎りコーヒーのような黒褐色まで、考え方次第で多様なグラデーションを描くキャラメルの焦がし加減を、恐れおののくほど思いっきり焦がしてしまうのは、東中野のガストロパブ「ビスポーク」。店主の野々下レイさん自ら「常識はずれ」と語るほど焦がす理由は苦味にあります。ガストロパブならでは、お酒に合わせることを意識したプリンだから。名付けて「大人用プリン」。昼間のおやつのイメージの強いプリンを夜の呑みの領域へと引っ張ってこられるのは、火入れによってスパイスにも似た香味を放つ糖の力です。

photograph by Hideo Sawai
ビスポークの「大人用プリン」。漆黒と言いたくなるほど黒々としたキャラメルで覆われている。

photograph by Hideo Sawai
煮詰めると濃度がついて、ぽってり、とろんとした状態に。ここまで火を入れてあえて苦味を引き出す。
 

シロップは和食のだし。

キャラメルがフランス料理のフォン・ド・ヴォーだとすると、シロップは日本料理のだしの感覚に近いかもしれません。
パティスリーが作るショートケーキのスポンジには、必ずと言っていいほど、シロップが浸み込ませてあります。ティラミスのコーヒーシロップのようにフォークを入れると染み出す量ではなく、また、調味のために浸み込ませているわけでもないので、気付かない人も多いかもしれません。フォークを入れた時にスッと切れるのも、パサつかずにしっとり感じるのも、舌の上で生クリームと一体となって消えていく口溶けも、実はこのシロップのおかげ。
シロップを打つことを製菓用語で「アンビベ imbiber」と言い、浸み込ませる液体を「アンビバージュ imbibage」と言います。アンビバージュの配合は、グラニュー糖を水で煮溶かしたシロップだけのお店もあれば、キルシュ入りシロップの場合もありとケース・バイ・ケースですが、その量は意外にたっぷり。
東京・千石にある「パティスリー トレカルム」の木村忠彦シェフは、ショートケーキのスポンジがシロップをたっぷり抱え込めるよう、普通なら薄力粉で焼くところ、強力粉を半量配合して強度のあるスポンジに焼き上げています。なおかつ、アンビベしてから一晩休ませて、シロップを生地にしっかり馴染ませるというこだわりよう。

photograph by Tsunenori Yamashita
「トレカルム」では、ショートケーキのスポンジにキルシュ入りシロップをたっぷり打ち込む。

photograph by Tsunenori Yamashita
クリームやフルーツとの一体感も、口溶けの良さも、スポンジにシロップがしっかり打たれていればこそ。トップ画像は完成品のショートケーキ「シャンテイイ・フレーズ」。

木村シェフは、ミルフィーユでも糖を巧みに隠し味に使います。パイ生地の表面にグラニュー糖をふってからオーブンで焼き、さらに粉糖をふって焼き上げて、生地をキャラメリゼさせるのです。と、香ばしく、クリームの水分に負けない生地に仕上がります。挟んだクリームと馴染んでも心地良い食感が保たれて、家に持ち帰ってから食べてもおいしいミルフィーユになるというわけです。

photograph by Hide Urabe
「トレカルム」のミルフィーユの表面をご覧あれ。鰻の蒲焼きかブリの照り焼きかといわんばかりのキャラメリゼがそそる。
 

コンビニやスーパーの棚に「焦がしキャラメル」というワードが付いた商品が増えました。思い返してみれば、アーモンドチョコレートの中のナッツがキャラメリゼされたのはいつからだったか……。
身近なお菓子の糖使いも知らない間に高度になっているのかもしれません。
 


野々下レイ(ののした・れい)
ガストロパブ「ビスポーク」店主。大学卒業後、音楽を志してロンドンに留学。現地でイギリス料理に魅了され、進路転換。帰国後、フランス料理店、カフェ、大使館等で勤務。2012年、東中野に「ビスポーク」をオープン。

ガストロパブ ビスポーク
東京都中野区東中野1-55-5
03-5386-0172
17:00~22:00 *変更の可能性あり。
SNSでご確認ください。
不定休
Instagram:Bespoque


木村忠彦(きむら・なるひこ)
18歳で料理の世界に飛び込み、「銀座レカン」をはじめ、今はなき「ホテル西洋銀座」を経て、会員制ホテルの「ウラク青山」でシェフパティシエを務めた後、2009年渡仏。2014年「パティスリー トレカルム」をオープン。

パティスリー トレカルム
東京都文京区千石4-40-25
03-3946-0271
10:00~19:00
不定休
https://www.tres-calme.com/




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