糖とスイーツ

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パティシエの仕事を「糖」が支える――10 発酵菓子に砂糖を使う理由。

発酵菓子では「糖」が活躍します。
パティシエいわく「砂糖を入れたほうが、発酵がスムーズにいくから」。酵母が糖をエサにして活発に活動するためです。
それ以外にも、こんがり色付けたり、保水性を高めてしっとり感を持続させたり。
発酵菓子における「糖」の働きをご紹介します。

クロワッサンはお菓子です。

「クロワッサンは、パンか、お菓子か?」と聞かれたら、多くの日本人が「パン」と答えるに違いありません。なぜって、日本でクロワッサンが売られているのは、ほとんどの場合がパン屋さんか、スーパーやデパ地下ならパンコーナーだから。
でも、本場フランスではたいがいお菓子屋さんに並びます。今でこそクロワッサンやパン・オ・ショコラを扱うパン屋さんは多いけれど、クロワッサン作りは、伝統的にパン屋さんではなくお菓子屋さんの仕事に分類されてきました。
その昔、日本に本格的なフランス菓子を伝えたパティシエのアンドレ・ルコントさんが「私が作るクロワッサンはお菓子。だから、バターをたっぷり使う」とラジオ番組で語っていたことがあります。「フランスのバターを使わないと納得する味が出せないので、フランスからバターを取り寄せている」とのエピソードになるほど、クロワッサンをパンとして語ってしまってはいけないのだなと思わされたものです。

日本に本格的なクロワッサンを伝えたアンドレ・ルコントさん。

なぜ、お菓子に分類されるのか?

「仕事場の室温の違いに端を発しているんですよ」と解説するのは、フランスやドイツなどヨーロッパで働いた経験を持つブーランジェ、山﨑豊さんです。
「お菓子屋さんはバターや生クリームなど低温で扱う必要がある材料を使って、パイ生地ならバターが溶けないように折り上げたり、ホイップクリームなら生クリームが冷たい状態で泡立てたりする。一方、パン屋さんは発酵という30℃前後が適した工程が作業の要となります。お菓子作りとパン作り、それぞれに適した温度帯を見比べると、クロワッサンの生地作りは明らかに前者、お菓子屋さんの仕事の領域なんですね」
クロワッサンがお菓子屋さんに並ぶ理由、納得です。
室温が自在にコントロールできる現代では、フランスでもパン屋さんにクロワッサンが並ぶのはごく当たり前の光景になりました。でも、まだまだ人々の意識の中には「クロワッサンはパティシエ製がおいしい」という感覚が残っています。事実、フランスのメディアが「パリのクロワッサン食べ比べ」を行なうと上位に入るのは決まってパティスリーなのです。

2013年にはフランスのメディア「Figaroscope」によるパリのクロワッサンランキングで1位になった「ピエール・エルメ・パリ」のクロワッサン。

「ピエール・エルメ・パリ」にはエルメのシグニチャーフレーバー「イスパハン」(フランボワーズ+ライチ+ローズ)の「クロワッサン イスパハン」も並びます。ケーキにも匹敵する華やかさ。

発酵を「糖」が助ける。

お菓子屋さんでクロワッサンの取材をしていると、「お菓子としておいしい甘さにすると同時に、発酵の失敗を避けるために砂糖を多めに入れる」と語るパティシエがいます。
小麦粉をこねてグルテンを形成させると同時に、酵母(イーストなどですね)が「糖」を分解して二酸化炭素とエタノールを発生することで膨らむのがパンの発酵の原理です。その「糖」とは、小麦粉のデンプンが分解されてできた麦芽糖、そして、材料として加える砂糖。つまり、砂糖は生地を甘くするだけでなく、酵母の活動を促進して発酵を安定的に進めるという役割も担っているわけです。

「“A:生地を折り畳んで層にする“と“B:発酵によって膨らませる“という2つの異なる工程を同時に進めるクロワッサン作りは、技術的に難易度が高い」と山﨑さん。
普通のパンはBだけでよいところ、クロワッサンはA+B、両方を実現しなければならない。「粉生地とバター、2つの層を重ねて幾重にも折り畳むから、粉生地の一層あたりの厚みはかなり薄くなります。その薄い生地をちゃんと発酵させて、高さが出るように膨らませなければならない。エスカルゴ(カタツムリの意味)と呼ばれる渦巻状の成形であれば、横に広がっていく膨れ方なのでそうでもないけれど、クロワッサンのように上に立ち上げなければならない場合、発酵の力が弱いとおいしい仕上がりにならないんですね」
きれいな層を作りつつ、きちんと発酵させて美しい三日月形に膨らむようにと、作り手は技を磨くし、神経も使う。その発酵のサポートをしてくれるのが「糖」というわけです。
「砂糖を入れ過ぎれば酵母が死んでしまいますし、また、グルテンの形成が阻害されるので、あくまで適量でなければなりません」と山﨑さん。

ちなみに、砂糖をたくさん加える発酵生地としてパネットーネが挙げられます。「入れ過ぎれば酵母が死んでしまうし、グルテンの形成が阻害される」ため、そうならないように、生地作りの際には、砂糖を何回かに分けて少量ずつ加えるという方法をとることが多いそうです。

photograph by Koichi Takizawa

イタリア料理店「フィオッキ」堀川亮シェフはパネットーネの研究に余念がない。砂糖の加え方の試行錯誤を重ね、シロップにして加えたり、グラニュー糖を卵黄と合わせて加えるなど、工夫している。

パンに含まれる砂糖の量が増えている!?

「パンに含まれる砂糖の量が昔と比べて増えている」と山﨑さんは指摘します。
「バターロールの場合、粉を100とすると、昔は砂糖が8%だったのが、最近は12~15%になっています。その傾向はフランスでも同じで、クロワッサンの砂糖の量がかつては8%だったのが、今では12~14%になっています」
なぜでしょうか?

「“そのまま食べておいしい“が現代人のニーズだからです」
以前ならバターロールはバターやジャムを塗って食べていた。でも今はそのままかぶりついておいしいことが求められている。
「フランスでも昔はクロワッサンをカフェオレに浸したり、半分に切ってバターやジャムをのせたり挟んだりして食べていたのに対して、今はそのまま食べておいしいクロワッサンが喜ばれます」

さらに、「糖」には現代人を喜ばせるもうひとつの働きがあります。それは「糖」を加えると、生地がソフトに仕上がること。
「糖が生地中の水分を抱え込み、シロップのようになって生地の中で存在することになります。すると、焼成時に水分が抜けにくく、しっとりソフトに仕上がるのです。糖が加わると、焼成時にメイラード反応が起こり、こんがり香ばしく焼き上げられるのもメリットでしょう。糖によって焦げやすくなる分、短時間で焼き上げようとするから、生地中に水分が残ってソフトに仕上がるという側面もありますね」

美しく見事な層を織り成すクロワッサンの陰に「糖」の力が働いていることを知ると、クロワッサンの見方、味わい方が変わってきそうです。

ルコント
東京都港区南麻布5-16-13
03-3447-7600
10:00~18:00(当面の間)
不定休
https://a-lecomte.com/

ピエール・エルメ・パリ 伊勢丹新宿店
東京都新宿区新宿3-14-1 伊勢丹新宿店本館 B1F
TEL:03-3352-1111(大代表)
10:00~19:00(当面の間)
休みは伊勢丹新宿店に準ずる
※クロワッサン、イスパハンは上記店舗でのみ販売
https://www.pierreherme.co.jp/

フィオッキ
東京都世田谷区祖師谷3-4-9
TEL:03-3789-3355
18:30~22:00(月、火、金、土、日、祝)
物販12:00~20:00
水曜、木曜休
https://www.fiocchi-web.com/

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