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口腔ケアがインフルエンザや新型コロナウイルスの予防に効果があるって本当?ホップが秘める可能性とは

近年の研究から、口腔ケアが全身の健康に関連があることが明らかにされてきました。その中でも最近、特に注目を集めているのが、インフルエンザや新型コロナウイルスなどのウイルス感染症の感染予防とその重症化予防との関連です。感染症の予防といえば、外出時のマスク着用や手洗い、うがいが定番ですが、そのほかにも私たちができる工夫はあるのでしょうか?
国立感染症研究所での勤務経験があり、口腔内の虫歯菌・歯周病菌を除去する方法・3DS「Dental Drug Delivery System」の開発者で、口腔衛生研究の第一人者である鶴見大学の花田信弘教授に、口腔ケアとウイルス感染症との関係についてお話を伺いました。

Q. 口腔ケアの観点から、感染症のリスクを増加させる要因にはどのようなことがあるのでしょうか?

花田先生:要因の1つに、唾液の分泌量の減少が挙げられます。成人では1日に1.0~1.5リットルほどの唾液が分泌されていて、口腔内の洗浄効果を発揮しています。唾液の分泌量を減少させる要因の1つに薬剤摂取の影響があり、特に高齢者の場合、ただでさえ加齢により免疫系の機能が低下する傾向があるにも関わらず、降圧剤など様々な薬剤の摂取により、唾液分泌量の減少が起こりやすくなってしまいます。さらに、高齢者においては喉頭蓋の遮断能力の低下により、誤嚥が起こりやすくなるのも要因の1つです。唾液中の細菌が入ることで、誤嚥性肺炎など呼吸器関連の感染症にかかってしまうこともあるので注意が必要です。

Q. 口腔ケアでインフルエンザや新型コロナウイルスの感染および重症化を防げるというのは本当なのでしょうか?

花田先生: 口腔ケアとインフルエンザとの関連については既に研究が行われており、感染予防と重症化予防との関連が認められてきています。新型コロナウイルスに関しては、まだ研究が十分に行われていないためエビデンスとなるデータはありませんが、メカニズムの面から考察することはできそうです。
新型コロナウイルスの症状の1つに味覚・嗅覚障害がありますが、これはおそらく食べ物の味を感じる味蕾や、匂いを感知する嗅細胞にウイルスの侵入をゆるしてしまうACE2という受容体があるためだと考えらえています。ACE2は肺にもあるため、深く吸い込んでしまうと感染してしまうのでしょう。
新型コロナウイルスは感染力が強く、ウイルスの受容体(ACE2)が口や肺にあるため、歯みがきなどの口腔ケアで感染を防ぐことができるというロジックは成り立たちませんが、重症化の予防にはつながるといえます。

Q. なぜ、口腔ケアがインフルエンザの感染予防につながるのでしょうか?

花田先生:歯磨きなどのケアで口腔内の細菌を減らすことが、ウイルスの体内への侵入を防ぐことにつながるからです。
口腔内には、プロテアーゼと呼ばれる酵素を出し、インフルエンザウイルスが気道の粘膜から体内に侵入するのを助けてしまう細菌がいます。そのため、歯みがきなどの口腔ケアをおろそかにして口の中を不潔なまま放置すると、プロテアーゼの分泌量が増え、インフルエンザの発症を招きやすくするというわけです。
また、細胞内に侵入したインフルエンザウイルスは、口腔細菌が分泌するノイラミニダーゼという酵素のはたらきで細胞外に放出され、増殖して感染を拡大します。ノイラミニダーゼを分泌する細菌を減らすことができることから、インフルエンザウイルスの感染拡大の軽減にも口腔ケアが有効だと考えられています。

Q. なぜ、口腔ケアが感染症の重症化予防につながるのでしょうか?

花田先生:ウイルスのみに感染した場合は自覚症状が出ないことが多く、細菌との混合感染や、細菌性の二次的な肺炎によって重症化に繋がることが明らかになりつつあるのですが、口腔細菌のうち歯周病菌の菌体成分であるエンドトキシンが血中に入り、サイトカインストームと呼ばれる免疫の暴走を引き起こすことが重症化の原因となると示唆されているからです。口腔ケアによって、この原因となる菌を減らすことができるため、重症化予防につながると考えられます。

Q. 口腔ケアにおいて、花田先生が注目されている「ホップ」について教えてください。

花田先生:そもそもホップとは、ビールの主要な原料として知られているハーブの1種です。ビールの苦味、香り、泡に影響を与え、雑菌の繁殖を抑え、ビールの保存性を高める働きがあります。
ホップの特徴は、ベータ酸というポリフェノールを豊富に含むことです。ベータ酸は、様々な細菌に対して抗菌作用を持つ特徴があるため、今回はホップのこの特徴に着目し、口腔細菌への影響を検討しました。

Q. どのような経緯で「ホップ」の可能性が見出されたのでしょうか?

花田先生:カンロとの共同研究の中で、多数のハーブから口腔細菌に対する抗菌作用があると考えられるもの選定し、その中でも特に効果が期待された11種類のハーブについて詳しく比較検討をした結果、ホップがその中で最も優れていることが明らかになりました。
口腔内には数百種類もの細菌が生息しており、それらは人体に悪影響を及ぼす「有害菌」と良い影響を及ぼす「有用菌」、そしてどちらにも分類されていない「日和見菌」に分類されます。今回の研究では、喉に生息している代表的な有害菌で、発熱の原因菌となる、A群レンサ球菌(化膿レンサ球菌、S. pyogenes)に対する抗菌作用を検討したところ、ホップは低濃度でA群レンサ球菌に対して抗菌効果を発揮し、有用菌を残すことができたため、特に口腔ケアに優れていると評価されました。
私は、ホップを活用した口腔ケアによって、歯磨きや舌磨きなどの既存のケアではアプローチができないような有害菌を減らせるなど、さらなる有用性があるのではないかと期待しています。

インフルエンザや新型コロナウイルスなどの感染症予防には、手洗い、うがい、マスクの着用やワクチンの接種が大切ですが、適切な歯みがきや口腔ケアが意外にも役立つことを知っていただけましたでしょうか?自身や周囲の感染拡大を防ぐためにも、歯磨きなどの口腔ケアを日頃から入念に行うことが大切だと言えるでしょう。
また、口腔ケアは虫歯予防や歯周病予防にとどまらず、脳の認知機能を守り認知症(アルツハイマー)の予防のためにも重要であり、循環器、消化器、呼吸器など全身の疾患に影響を及ぼすことも明らかになっています。ぜひ皆さんも、日々の生活の中でお口の健康を疎かにしないよう、意識をしてみてください。

●今回お話を伺ったのは・・・

鶴見大学
歯学部探索歯学講座
花田信弘教授

プロフィール

福岡出身。歯学博士。
九州歯科大学歯学部卒業、同大学院修了。米国ノースウェスタン大学博士研究員、九州歯科大学講師、岩手医科大学助教授、国立感染症研究所部長、九州大学教授(厚生労働省併任)、国立保健医療科学院部長等を経て、鶴見大学歯学部探索歯学講座教授。この間、健康日本21計画策定委員、新健康フロンティア戦略賢人会議分科会委員、内閣府消費者委員会委員、日本歯科医学会学術研究委員会副委員長等を歴任。現在、日本歯科大学、明海大学、東京理科大学にて客員教授を、長崎大学、新潟大学、東京医科歯科大学にて非常勤講師を務め、NEDO評価委員を併任。歯原性菌血症および内毒素血症の予防を中心に「微生物と健康の関係」について基礎と臨床の研究をしている。

経歴

1981年:九州歯科大学歯学部 卒業
1885年:九州歯科大学大学院歯学研究科 修了
1985年:九州歯科大学歯学部 助手/講師
1987年:米国ノースウェスタン大学医学部微生物・免疫学講座 博士研究員
1990年:岩手医科大学歯学部 助教授
1993年:国立感染症研究所 口腔科学部長