糖と健康

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断酒と糖との関係とは?!

前回のコラムでは、お酒と糖との関係について紹介しました。今回は断酒と糖との関係について紹介します。前回のコラムと合わせて読むと、より理解しやすくなると思います。

断酒って難しいの??

お酒が好きな人は多いかと思います。お酒を飲むと嫌なことを忘れられる、仲間とのコミュニケーションが弾むなどのメリットがあるのは確かです。また、健康面から言っても、諸説あるものの、少量のお酒は血液循環を高めることで体を温める効果があると言われています。
例えば江戸時代に、真冬の居酒屋で熱燗を飲むという姿が描かれることがあります。江戸時代の服装はとても薄着ですが、身体を温めるためにはお酒は欠かせないものだったのです。また、比叡山は冬になるととても厳しい環境になりますが、その対策として僧侶たちは「般若湯(はんにゃとう)」と呼ばれるお酒で体を温めて厳しい修行を乗り越えていました。本来、僧侶たちの飲酒は禁じられているのですが、厳しい寒さを乗り越えるためにはお酒で体を温めるのもまあ仕方ないという考えだったのです。宗教の中でもおおらかな仏教ならではだと感じます。
また古来より、薬草をお酒に浸した薬膳酒や、お酒で飲まないと効果がでない漢方薬が存在していることからも、お酒が伝統医学において薬の一種として捉えられてきたことがわかります。ただしそれは少量の場合の話であり、大量に飲むことを繰り返すと依存症状態になって断酒が難しい状態になってしまいます。

いきなり断酒するとどういう状態になるのか??

お酒を飲み続けることで、体の状態は通常状態とは変わっていきます。お酒を飲み続けるうちに酔うまでのアルコール量が増え、自ずと飲酒量が増加し、そのうちアルコール依存症へとつながってきてしまいます。そこで突然断酒をすると、それまで常にアルコールにさらされていた体がびっくりしてしまい、色々な症状が出てきてしまいます。その中の代表的なものに、「お酒を急にやめると無性に甘いものが欲しくなる」という症状があります。

どうして甘いものが欲しくなるのか??

お酒をやめると何故甘いものが急に欲しくなるのかについては、いくつかの説が存在します。飲んでいたお酒やその人の体質・体調によっても変わるため一概には言えないのですが、いくつか研究報告が発表されています。

まず1つ目は、お酒には糖分が多く含まれているので、急に断つと糖分が一時的に不足してしまい、甘いものが欲しくなるという説です。一見わかりやすい説ですが、この説には限界もあります。何故かというと、前回のコラムでまとめたように、確かにビールや日本酒などの醸造酒には糖分が含まれていますが、蒸留酒であるウイスキーや焼酎などには糖分が含まれていないからです。そのため、あくまでも醸造酒をずっと飲まれていた方が断酒した場合の主なメカニズムだと考えられます。

2つ目は、インスリンを切り口にした考え方です。一般的に、お酒を飲むとインスリンの分泌が減少し、一過的に血糖値を下げることができない状態になるため、糖分を欲しいと感じません。しかし、お酒をやめるとインスリンの分泌が正常に戻り、血糖値のコントロールが正常になるため、糖分を摂取したいという要求度が増すという説です。これは確かに一理あり、お酒を飲みながらおつまみを食べすぎてしまうと糖質の摂りすぎで太りやすくなるのも、インスリンが原因ではないかと考えられます。また、お酒を飲んである程度の時間が経つと無性にラーメンなどの糖質が食べたくなるのは、抑えられていたインスリン分泌が回復するためとも考えられますので、説得力がある説です。

3つ目は、ドーパミンを分泌するためという説です。断酒によって分泌されなくなったドーパミンを、甘いものを摂取することで分泌しようとします。これも結構説得力がある説です。この説のキーワードとなるドーパミンは、甘いものだけでなく、脱法ドラッグなどでも分泌され、依存症に関与する快楽物質と言われています。よってアルコール依存症の人が薬物依存などになりやすいのも、このドーパミン要求性が高くなっているためと考えられています。加えて、ドーパミン分泌が減ると食欲が増えるので、断酒によってドーパミン分泌が減り、その分泌を補うために糖分を要求することに加え、食欲自体も上がるため、より糖分摂取が増えると説明できます。

さらに別の説として、飲酒時は胃にダメージを与えていて甘いものを避ける傾向にあるが、断酒することで胃の状態が正常に戻るため甘いものへの要求が回復するというものもあります。通常、胃に糖分が入ってくると胃酸分泌が促進されるため、多少胃粘膜にダメージを与えます。とはいっても、胃粘膜は保護されているため、糖分を取っても胃痛になることはありません。しかし、アルコール摂取によって胃粘膜が傷んでいる状態の胃に糖分が入ると、さらに胃にダメージを与えてしまい胃痛などの不調につながってしまいます。空腹時にアルコール濃度の濃いお酒を大量に飲酒した結果、翌日胃痛に悩まされたという経験をした方も少なくないと思いますが、まさに胃粘膜をアルコールが傷つけた証拠といえます。

いずれにしろ、今回紹介した複数のメカニズムが複雑に絡み合った結果として、断酒後に甘いものを欲するようになると思われます。健康のために断酒しようとしたのに、その後甘いものを大量にとって太ってしまっては本末転倒です。断酒するにも是非そのメカニズムを理解して上手に断酒するようにしましょう。

【ライター紹介】

宮川 隆 (みやがわ りゅう)

名古屋市立大学薬学部卒業、南カリフォルニア大学(USC)国際薬学臨床研修修了、東京大学大学院理学系研究科修了
薬剤師、理学博士のほか10種類くらいの資格を持つ。
現在は、東京大学医学部附属病院 放射線科 核医学部門  助教&「放射性医薬品の管理責任者」、環境省「原子力災害影響調査等事業」メンバー、日本アイソトープ協会 放射線取扱主任者講習・作業環境測定士講習講師、リクルートメディカルキャリアコラム執筆など本業の合間に、わかりやすくサイエンスを伝える活動に力をいれている。