糖とスイーツ

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パティシエの仕事を「糖」が支える――11 上白糖をフランス菓子に使うと?

photographs by Jun Kozai, Hide Urabe

フランス菓子作りで使う「糖」はグラニュー糖、和菓子では上白糖が基本です。
クリアでキレの良いグラニュー糖、穏やかな甘味で保湿性が高い上白糖、それぞれの持ち味を生かします。
最近、その基本をあえて外してみるパティシエも増えてきました。
本来であればグラニュー糖を使うところを上白糖に置き換えるケースが見られます。
そこには、どんな効果があるのか? 砂糖の小さな差が生む大きな効果をクローズアップします。

日本独自の上白糖。

フランス菓子の取材現場で上白糖の出番はまずありません。
基本的にグラニュー糖か粉糖、最近では目的に応じてデキストロースやイヌリンなどの機能性甘味料、あるいはあえて粗製糖を使うというケースがほとんどです。

『料理通信』2021年1月号スイーツ特集より。機能性甘味料や粗製糖を取り入れるパティシエが増えた。

上白糖は日本独自の砂糖と言われます。グラニュー糖の99.95%がショ糖であるのに対し、上白糖はショ糖に転化糖液をふりかけて製造するため、表面に水分が保持されて、しっとりとした感触を持つのが特徴です。
和菓子にはもちろん上白糖が使われますが、考えてみれば、あんこ、羊羹、ねりきり、饅頭、カステラなど、どれをとってもしっとり仕上げたいお菓子ばかり。日本の砂糖と日本のお菓子は当然のことながら相性が良く、性質的に関係していることがわかります。

『料理通信』2016年2月号のスイーツ特集で、神戸にある1964年創業の洋菓子屋さん「エルベラン」柿田衛二シェフにご登場いただいた時、エンゼルケーキのスポンジ生地にもクレーム・シャンティイにも上白糖が使われていることに、はっとさせられました。
柿田シェフはフランスのパティスリーで働いた経験を持ちながら、フランスのレシピではなく、老舗洋菓子店の2代目として先代のレシピを守っています。すなわち日本の洋菓子のレシピです。日本の洋菓子の世界は伝統的にグラニュー糖ではなく上白糖を使ってきたに違いないことが察せられて、興味深く感じたのでした。

神戸「エルベラン」のエンゼルケーキ。卵白と上白糖で作る生地、上白糖と希少糖で甘味をつけた生クリームで構成。

上白糖の丸い甘味としっとり感を生かす。

正統派のフランス菓子を作りながら、上白糖を取り入れているパティシエもいます。 東京・恵比寿「パティスリー レザネフォール」の菊地賢一シェフ。「プリンのカラメルには上白糖を使います」。その理由は、「グラニュー糖はシャープな甘さ、上白糖はじわんと甘い。そのマイルドな甘味、焦がした時の丸い苦味がカスタードの風味を生かす」と考えるからです。

「パティスリー レザネフォール」のプリン。

「上白糖を焦がして作るキャラメルは甘味も苦味も丸みを帯びた味わいに仕上がる」と菊池シェフ。

東京・桜新町にある「ビガロー」の石井亮シェフは、様々なお菓子に上白糖を使っています。その理由は、上白糖が持つしっとり感をフランス菓子で活かそうというもの。
「驚かれるのですが、タルト生地に上白糖を使っています。私が理想とするタルト生地は、サックリしているのにしっとりしているという、相反する性質が共存したテクスチャー。タルト生地のサクサク、ザクザクは誰もが求める食感だと思いますが、パサパサ、ガチガチといった乾いた感触になってしまってはいけない。サックリとしっとり、両面あって初めてメリハリのある食感がもたらされると考えています。そこで効果を発揮するのが上白糖なんです。油脂としてバターにショートニングをプラスしてサクサク感を出し、糖を上白糖にすることでしっとりも併せ持たせるのです」

同店のスペシャリテ「タルト・オルディネール」(トップ画像のお菓子)は、タルト生地にも、中に詰めたアーモンドクリームにも、上白糖が使われています。
「オルディネール Ordinaire」とは「普通の、普段の、日常の」といった意味。つまり、「タルト・オルディネール」は「日常のタルト、普段着のタルト」、和菓子で言えば大福とか茶饅頭とか、そんな位置付けのお菓子と言ってよいでしょう。店に並ぶ数々の商品の中でも最もフランス菓子らしいフランス菓子と言っても過言ではありません。そんなお菓子に上白糖を使っている……。フランスで作られているのと遜色ないフランス菓子を作るべく、フランスから製菓材料を輸入するなど条件を現地に揃えて再現していた時代と比べると、フランス菓子がすっかり日本人のものになったんだなと感慨深いですね。
「日本の気候風土や日本人の嗜好に合った日本独自の砂糖があるのだから、フランス菓子作りにもっと取り入れてもいいのになって思うんですよ」と石井シェフ。

「タルト・オルディネール」は、タルト生地とアーモンドクリームのみという超シンプルな2パーツ構成。どちらのパーツにも上白糖が使われている。

「ビガロー」では、ほかにも、パウンドケーキ、フィナンシェ、パン・ド・ジェーヌ(アーモンドパウダーで作るパウンドケーキ的な焼き菓子)など、しっとり感が決め手となるお菓子には上白糖を使っています。パウンドケーキ作りの工程では、メレンゲも上白糖で作るそうです。

石井シェフいわく「上白糖を使うと色づきもきれいです。赤みを帯びた美しいキツネ色に焼き上がります」。 上白糖には量にして1.3%程度の転化糖が含まれているため、加熱時にメイラード反応が起きやすいという特徴があるせいでしょう。「カステラのあんなにもつやつやの茶色に色付いた表面は、上白糖ならではだろうなって想像するんですよ」。

上白糖をフランス菓子に使う上での注意点を尋ねると、「しっとりしている分、ダマになりやすいため、使う前にふるいにかけること」と石井シェフ。グラニュー糖をふるいにかける話はあまり聞きませんから、ひと手間を余計にかけることになるわけですが、手間の多さもなんのその、石井シェフは自分が理想とするお菓子の味わいを目指して、今日も上白糖の可能性を探ります。

エルベラン
兵庫県西宮市相生町7-12
0120-440-380
10:00~12:00 13:00~18:00
月曜はクッキーデー(ギフト商品のみの販売)で、16時閉店
火曜休
https://elberun.gift/

パティスリー レザネフォール 恵比寿本店
東京都渋谷区恵比寿西1-21-3
03-6455-0141
10:00~21:00
不定休
http://lesanneesfolles.jp/

パティスリー ビガロー
東京都世田谷区桜新町1-15-22
03-6804-4184
9:00~19:00
火曜、水曜休
https://patisseriebigarreaux.com/

<料理通信>

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