糖とスイーツ

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パティシエの仕事を「糖」が支える――【上級編】12 砂糖と塩のバランス

スイーツの世界が成熟して、味わいにひとひねりあるお菓子が増えてきました。
パルミジャーノチーズのタルト(トップ画像)、黒オリーブのスコーン、ピーナッツガラムマサラクッキー、いずれも塩気がポイントです。ブラウニーにフレーク状の塩をふるパティシエもいます。
塩を加えることで甘さが引き立つとされる反面、和菓子の餡づくりでは「塩を効かせると田舎臭くなる」との考え方も。甘味と塩気のバランスの取り方はむずかしく、経験とセンスがものを言う上級技。
お菓子作りにおける「糖」と「塩」のバランスをクローズアップします。

塩を加えると田舎臭くなる!?

シリーズ第9回「“茶色い砂糖”が人気です。」で紹介したお菓子には、茶色い砂糖が使われているほかに、もうひとつの特徴があります。
それは「塩」。材料の総量からすれば微量ですが、いわゆる隠し味的な塩使いがなされています。

「ほんの少しの塩を加えることで甘味が引き立つ」というコメントを聞くことがよくあります。和菓子の餡の味の秘訣としてしばしば耳にします。大福餅の餡、饅頭の餡、お汁粉の餡、最中の餡など、多くの和菓子屋さんがいろんな和菓子のケースで語るので、一般的な認識になっていると言っていいかもしれません。

しかし、茶席の菓子を手掛ける京都の和菓子職人は「茶席の菓子に塩は入れない」と言い切ります。「塩を入れると田舎臭くなるから」というのがその理由です。事実、京都の老舗和菓子店のレシピを見ると、餡の材料は小豆と上白糖のみ。洗練を目指す時、雑味を排し、削ぎ落して削ぎ落して、味を磨き上げる、その姿勢は日本人の味覚の美学を感じさせて余りあるエピソードです。小豆を何度も茹でこぼしてアクを抜き、晒して晒して、隠し味としての塩気も排除して、餡に仕上げる。日本料理では白身の刺身が格上とされ、椀物の澄み切っただしが最上のご馳走とされる美意識と相通ずるものがあります。

『京菓子読本』(暮らしの設計NO.196 中央公論社刊)より。餡の材料は、小豆と上白糖のみ。塩は使わない。

フランス菓子でも、洗練を目指す時、素材の純度を高めていく志向に変わりはありません。精製度の高い砂糖を使いますし、生地の基本配合の「4同割」とは「粉:バター:卵:砂糖」を同量ずつの配合のこと、そこに塩は存在していません。折りパイ生地には塩が不可欠ですが、それは生地の伸展性や拡張力を向上させるといった機能的な意味合いからです。

複雑でふくよか、立体感のある味わいに。

では、茶色い砂糖を使ったお菓子に塩が使われるのはなぜか?
そもそも茶色い砂糖を選ぶ段階で、削ぎ落すとか洗練とはまた違った方向性の味を目指していると言えます。すなわち、多様なベクトルの味覚によって形作られる、複雑でふくよか、膨らみや立体感のある味わいです。苦味、渋味、エグミなど、素材が元々持っている様々な味の要素をできるかぎり自然のままに残そう、人の手を必要以上に加えないようにしようとする意志を感じずにはいられません。いわば、現代のキーワード「ダイバーシティ&インクルージョン」ですね。そんな時、塩がまとめ役にして引き締め役となり、キレをもたらし、味わいの輪郭をくっきりと立ち上げるのです。

自然派の素材を活かして作られる「もりかげ商店」のお菓子。砂糖はきび砂糖やてんさい糖を使い、塩をほんのり効かせている。

「もりかげ商店」の「つばめクッキー」(薄力粉とアーモンド、きび砂糖、菜種油、豆乳、塩などで作る生地)に有機ピーナッツを混ぜたホワイトチョコクリームを挟んで。

配合における塩の有無以前に、日本に煎餅があるように、もちろん洋菓子にも塩系アイテムは存在します。フランス菓子の世界では「sucré シュクレ」「salé サレ」というカテゴリー分けされていて、前者は砂糖を使った甘いお菓子、後者は塩で味を付けたしょっぱいお菓子を指します。わかりやすい例で言えば、洋菓子屋さんのクッキーのラインナップが5~10種類あるとして、そのうち1、2種は塩味だったりする。クッキー缶を思い浮かべてみてください。バニラやチョコレートのクッキーが並ぶ升目の中でひと枠はチーズフレーバーなど塩味で構成されていることが多いですよね。幕の内弁当や松花堂弁当の隅にちょこんと納められた麩饅頭の逆バージョンとでもいいましょうか、甘いスクラムの一角を占める塩系アイテムのアクセントとしての役割は絶大です。

洋菓子の塩系アイテムは、完全な塩味ではなく、甘味と塩味の入り混じったところに魅力があると言っていいでしょう。しかもそれは口中で塩味と甘味を別々に感じた時に効果が倍増します。和菓子の「甘じょっばい」という味覚領域は、たとえばみたらしなど甘味と塩味が一体化しているのに対して、洋菓子の場合、甘味と塩気を別々に感じさせようという意図が強い。全粒粉のビスケットやピーカンナッツクッキーに粗塩を使うのは代表的な例ですし、パウンドケーキやマフィンに塩キャラメルをマーブル状に混ぜ込む手法にも同様の狙いが感じられます。

塩使いが不可欠になる?

東京・恵比寿にある「LESS」は、世界各地で修業を重ねて国内外のホテルやトップレストランで経験を積んだ2人のパティシエ、坂倉加奈子さんとガブリエレ・リヴァさんが営むパティスリーです。砂糖や小麦粉といった基本素材の物性を細かく把握して、目的に合わせて厳密に使い分けることで知られています。
塩も然り。

「ピーナッツガラムマサラクッキー」は、生地中の塩と上面にあしらった塩、それぞれ別種の塩を使い分けています。生地中にはフランス産ゲランドの塩を、上面にはイギリス産マルドンのフレーク塩を。どちらも海塩ですが、ゲランドの塩はしっとり湿り気があって旨味が豊か、ミネラル感の強さが特徴。一方のマルドンのフレーク塩は薄い層状の結晶の重なりで乾燥度が高いため、パリパリとした軽やかなテクスチャーを持ち、塩味をストレートに感じつつも余韻が穏やかで上品なのが特徴です。

『料理通信』2020年2月号より。トップにマルドンの塩をあしらった「ピーナッツガラムマサラクッキー」。

レシピを見れば、ゲランドの塩とマルドンの塩を使い分けていることがわかる。

第9回で述べたように茶色い砂糖が食の世界の大きなうねりを背景として多用されるようになっているのだとすると、お菓子作りにおける塩の存在もクローズアップされていく予感があります。
甘味と塩味、砂糖と塩、各々の役割を意識しながらお菓子の味を作り上げていく時代になっていくことでしょう。クッキー缶が「sucré シュクレ」と「salé サレ」半々で構成されたり、塩クッキー缶が登場するといったことも起こり得るかもしれません。

LESS
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11:00~19:00
水曜休
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もりかげ商店(工房)
東京都目黒区目黒4-12-2
不定期の工房販売とネット通販が基本。販売はSNSで告知。
https://www.facebook.com/morikageshouten/

<料理通信>

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