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ライフステージごとに最適なウェルビーイングを。人生100年時代の生き方とは



人々の寿命は年々着実に伸びています。人生100年時代を幸せに過ごすためのウェルビーイングを考えてみましょう。90~100歳で迎えるとされる老年的超越に達するまでライフステージごとに変わる幸福度とは。

ライフステージごとの最適なウェルビーイングを実現するために大切なこと

ウェルビーイング(幸せ)に関していろいろな研究が行われています。その一つに、年齢と幸せの関係の研究があります。世界中でいろいろな調査が行われていますが、総じて、若いうちは幸せですが、年齢とともに徐々に幸福度は下がり、40~50代で底を打ち、その後は徐々に幸福度が上がっていくことがわかっています。つまり、年齢と幸福度の関係はUの字状のカーブを描くことが知られています。
もちろん、これは何千人、何万人の結果を平均したものです。一人一人の幸せにはもっと個性があります。20代が苦しかったという人もいるでしょうし、40代が絶好調という人もいるでしょう。そんな個人差のある幸せ分布ですが、たくさんの人の平均をとると、Uの字状になるということなのです。
なぜこのような分布になるのでしょうか。
若いうちは希望に燃えていたのに、40~50代になると仕事や人間関係の悩み、子育ての悩みなど、いろいろな悩みが増えるからかも知れません。それを超えると、トンネルを抜けるためか、「まあ、なんとかなるか」と開き直った気持ちになれるためか、理由は不明ですが、どうやら幸せになっていくようなのです。記憶力の悪い人の方がいい人よりも幸せという研究結果もありますので、年齢を重ねて記憶力が低下することも幸福度向上に寄与しているといえるかもしれません。
 また、子育てが始まると幸福度は下がり、子どもが巣立っていくと幸福度はまた元の高さに戻る、という研究結果もあります。小さい子どものいる家族は幸せの絶頂のように見えますが、実はいろいろな悩みを抱えたり、困りごとに直面したりして、幸福度の低い時期なのです。さらにいうと、日本の夫婦は3組に1組が離婚すると言われていますが、なんと、一番離婚が多いのは、0歳児のいる両親だという研究結果もあります。子どもを授かった幸せの絶頂のはずが、場合によっては不幸の真っただ中にもなりかねないということなのです。
 ここまで研究結果をご覧いただいた上で、私たちが行うべきことは、「幸せに気をつける」ことではないでしょうか。40~50代は、放っておくと幸福度が下がり気味である。子どもができたら幸福度が下がる。これらのことを覚えておいて、幸福度が下がらないように気をつけて欲しいのです。「どうやって幸せに気をつけるべきか」については前回いろいろと書きましたが、今回の内容に即して一つ述べるなら、「信頼関係に溢れる人間関係を醸成する」ことでしょう。孤独感は人を不幸にします。誰も頼れない、誰にも期待されていない、誰とも話していない、一人も友達がいない、というような状況の人は、幸福度が低いことが知られています。家族、友人、パートナーと、信じ、信じられる関係を築いておくことが、不幸に陥りがちな時期を乗り切るために重要と言えるでしょう。そのためには、「自分よりも相手の方を大切にする」という姿勢が極めて重要です。相手よりも自分のことを大切にすると、争いや、いがみ合い、意思の疎通不足、仲たがいなど、不幸な人間関係に向かってしまいます。家族を、友人を、パートナーをいたわり、そして、自分をいたわって、みんなを大切にすることが重要です。

人生100年時代を幸せに生きるためには

もう一つ、高齢者の幸せについて触れておきましょう。スウェーデンの社会老年学の先駆者ラーシュ・トーンスタムらが提唱する「老年的超越」という概念があります。90~100歳の高齢者の幸福度は、超越的に高いというのです。老年的超越に至ると、自己中心性が減少し、寛容性が高まり、死の恐怖が減少し、空間・時間を超越する傾向が高まり、高い幸福感を感じるといわれています。いかがでしょう。こんな幸福感、感じてみたいですよね。まるで、悟った人のようです。
 仏教などの宗教に、悟りという概念があります。ブッダは30代の時に、菩提樹の木の下で瞑想していたら、ある日、悟ったといわれています。この世は無である。我欲にとらわれる必要はない。この境地は、老年的超越に似ています。実際、トーンスタムは、東洋の悟りについても研究した結果、老年的超越という概念に至ったといいます。
 つまり、ブッダは30代で悟ったけれども、普通の人も、90~100歳になると、それに近い境地に至るということなのです。ブッダは厳しい修行の結果、30代で悟りましたが、普通の人も、40~50代の悩める時期を越えて、人生の後半に差し掛かると、幸福度がどんどん増していき、ついには老年的超越に至る。どうやら人間はそのようにできているらしいのです。

ですから、人生100年時代、90~100歳の素晴らしい時期を目指して、それまで健康に気をつけて、生きがいを持って、家族や友人と仲良くしながら、生きていこうではありませんか。人生とは、幸せへの道なのです。


参考著書


実践 ポジティブ心理学


著者
前野 隆司 (マエノ タカシ)


発行元
PHP研究所

発行日
2017年8月10日

定価
946円(税込)

 


紹介
未病の人たちが、幸せになるための手助けをするための学問が「ポジティブ心理学」だ。1998年に、アメリカ心理学会の会長であったマーティン・セリグマン氏がその考え方を提唱して以来、「ポジティブ心理学」は海外の学会でも大きな話題を呼び、ハーバード大学などでの講義でも人気になっているという。昨今、話題の「マインドフルネス」や「レジリエンス」も「ポジティブ心理学」のひとつの概念である。
 本書では、ポジティブ心理学の最前線を紹介するとともに、著者の「幸福学の研究」をベースに、どのように日々の生活に役立てていけばよいかを明らかにする。本文中には「幸福度テスト」が紹介されていて、幸福度がわかる。
 内容例は、◎性格の良さと幸せは比例する ◎幸せな人は生産性が高く長生き ◎何歳のときに幸福度は上がるのか? ◎実践のためのハッピーエクササイズ ◎上を向いて歩くと幸せになれる? 等々。読むだけでポジティブに元気に幸せになれる一冊だ。


ライタープロフィール


慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授
兼 慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長
前野隆司(まえのたかし)
 


1984年東京工業大学卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現在慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼務。博士(工学)。著書に、『ディストピア禍の新・幸福論』(2022年)、『ウェルビーイング』(2022年)、『幸せな職場の経営学』(2019年)、『幸せのメカニズム』(2013年)、『脳はなぜ「心」を作ったのか』(2004年)など多数。日本機械学会賞(論文)(1999年)、日本ロボット学会論文賞(2003年)、日本バーチャルリアリティー学会論文賞(2007年)などを受賞。専門は、システムデザイン・マネジメント学、幸福学、イノベーション教育など。