紀元前から日本には飴があった! 初代天皇が愛した飴とは!?


誰しも馴染みがあり、口の中が寂しい時など手軽にほおばることのできる飴ですが、日本における飴の歴史を知っているという人は少ないと思います。

今回は昔から身近に存在する飴がどのように誕生したのか、飴はどのようにして作られているのかなど、ちょっとした飴の謎をご紹介します。

 

飴とは?

皆さまの頭の中で真っ先に浮かんだ飴と言えば、小さく固まった飴のことではないでしょうか。
実は飴には種類があり、キャンディやドロップなどの固まった飴を「固飴(かたあめ)」、トロ~っとした粘液状の飴を「水飴(みずあめ)」と呼んで大別されています。※1

日本最古の飴
では日本で初めて飴が作られたのはいつ頃になるのでしょうか。
奈良の正倉院に収められている古文書の記載に、飴をさしていると思われる「阿米(あめ)」という文字があるそうです。
時代で言うと8世紀の前半で、ちょうど奈良時代が始まった頃に重なります。※2 ※3

文献上では奈良時代にまでさかのぼる飴の歴史ですが、実は日本で初めて編纂された歴史書である「日本書紀」にも飴を作ったという記載があったのです。
そしてその飴を作ったとされる人物はものすごい人でした。※2 ※3

 

飴の産みの親 神武天皇

飴を作ったとされる人物、その人こそが初めて天皇として即位したとされる初代天皇の「神武天皇(じんむてんのう)」でした。※2 ※3
神武天皇は紀元前712年頃に生まれたそうで、天照大神(アマテラスオオミカミ)という神様の子孫だと言われています。※4 ※5

天皇に即位する前は、「神日本磐余彦(カムヤマトイワレビコ)」と呼ばれ、天照大神の孫であるニニギノミコトのさらに孫である父「鸕鶿草葺不合尊(ウガヤフキアワセズノミコト)」と海の神の娘である「玉依姫(タマヨリビメ)」との間に、四兄弟の末子として誕生しました。
元々、天孫降臨伝説の残る日向国(現在の宮崎県)に住んでいましたが、神武天皇45歳の時に、東方に美しい土地があることを聞き、天下を治めるためにそこに都をつくることを宣言します。
そして賛同した一族を率いて東征を開始し、幾多の戦いを経て、52歳の時に美しい土地・奈良盆地にて初代天皇として即位しました。※4 ※5

その後、神武天皇は紀元前585年、奈良県にあったとされる橿原宮(かしはらのみや)にて崩御されたそうです。※6

日本書紀の神武紀の項にはこのようにあります。

「われ今まさに八十平瓮(やそひらか=たくさんの平らな皿)をもちて、水無しに飴(たがね)を作ろうと思う。飴ができたならばわれは武力を用いずに天下を治めることができるだろう」※7

つまり神武天皇は水飴を作ったのです。

飴の「あめ」という言葉は「あま味」や「あま水」など、甘いという言葉が語源になっていると言われています。※2
それだけ古代の人々にとって甘いものは貴重であり、そしてこの甘い水飴を振舞うことができれば、皆が幸せに包まれて、争いなく天下が治まることを知っていた神武天皇には、民への思いやりと先見の明があったのですね。
 

水飴はどのようにして作られているのか?

神武天皇が初めて作ったと言われる水飴ですが、実際どのようにして作るのでしょうか。
米に含まれる出るデンプンに酵素である麦芽を加えることで、何の味もしないデンプンから甘い糖の溶液ができます。これをしぼって煮詰めることで水飴はできます。※2

古代では大麦もやしや米もやしを酵素のもととして使用していたようです。※2 ※3
稲作文化の発達した日本ならではの甘味料と言えるでしょう。※8
 

飴屋さんの誕生

お米を原料として作られる甘い水飴。
当然、この甘い水飴を使って商売しようとする者が現われ、日本に飴屋さんが誕生したと言われています。

平安時代に編纂された「延喜式」という法令の中に飴屋さんが誕生したという記述があります。※9
ですがこの時代にはまだ水飴自体を食べる文化はなく、あくまで甘みのだせる調味料に過ぎなかったようです。

本格的に水飴がお菓子として売り出されたのは江戸時代に入ってからとされています。
薩摩藩が黒糖の流通を始め、甘みのバリエーションが広がったこともあり、水飴に砂糖を加えた加工飴が製造され、べっ甲飴や黒飴など飴のバリエーションも一気に増えたそうです。 

また江戸の下町では、水飴に少量の砂糖を加えて熱した晒し飴の成型しやすい特性を利用し、固まる前に曲げたり膨らませたりして、形をつけたり色づけしたりする工程を見世物にする人たちが現れました。

奇抜な姿で歌いながら飴を売り歩く人たちは、「飴売り」と呼ばれ、その人たちが加工した飴は「飴細工」と呼ばれました。※10

縁日や大道芸などで披露される、飴売りが作り出す「飴細工」は江戸の子どもたちや庶民にも大人気で、江戸の風物詩としてなくてはならないものとなりました。

その姿は時が経った今でも変わらず、縁日などの風物詩として各地に根づいています。

 

今も世界中で愛される飴文化


神武天皇が、水飴を皆に振舞えば天下は丸く治まると言われたように、甘いものには人を笑顔にする効果があります。

それは日本だけでなく世界共通で、不安な時には心を癒し、感情が高ぶった時には心を鎮め、人にあげれば喜ばれる、飴のやさしい魅力ですね。

今やバリエーションが増えて千差万別ですが、人を笑顔にするということだけはいつまでも一緒なのです。


 

参照元
※1 飴
https://kotobank.jp/word/飴-427402
※2 ご存じですか?飴の歴史
http://inoues.net/tenno/kashijinguu.html
※3 日本の飴の歴史
http://www.ayanokouji.co.jp/ohanashi.html
※4 神武天皇
https://goo.gl/Ekbjf6
※5 古事記
https://goo.gl/SWW1S2
※6 橿原神宮神武天皇陵
http://inoues.net/tenno/kashijinguu.html
※7 神武天皇謹製ひらかあめ
https://goo.gl/vsqFkk
※8 日本のお菓子歴史年表
http://www.zenkaren.net/_0400/_0401
※9 キャンディの語源と歴史(なりたち)
https://goo.gl/rdR9CQ
※10 飴細工師 水木 貴広 飴細工の歴史
http://www.amezaiku.com/amezaikuhistory.html

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